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第20話 加護なしの矜持


「ご協力をお願いいたしまーす!」


 明るい少女の声が聞こえてきて、リリスはふと顔をあげた。


 道ばたで募金箱を持った少女が声を張り上げている。


「戦場から引き上げた兵隊さんのために、みなさまのあたたかなご支援・ご協力をお願い致します!」


 リリスは少女に近づき、銅貨を箱に入れた。


「ありがとうございます!」


 募金箱に書かれた文字に、リリスの瞳は吸い寄せられた。


【施療院のお手伝い、募集! 未経験者・加護なしの方、大歓迎!】


「あのう……」


 リリスはおずおずと尋ねた。


「施療院で人を募集しているのですか」


「はい! 人手が足りなくて!」


 少女はハキハキと大きな声で答える。


「……治癒魔法が使えない私にもできますか?」


 リリスの言葉に、少女の顔はぱあっと明るくなった。


「ご興味を持っていただけたのですか? 嬉しい! 人手が足りなくて困ってるんです! 良かったら、お話だけでも聞いていってください」


 少女の案内で、リリスは施療院にむかった。




「マリーさん! こちら、ご興味を持ってくれた方です!」


 リリスを案内した少女はニコニコしながら、中年の女性に声をかけた。


「あら、こんにちは!」


 気さくに顔を上げた女性の顔に見覚えがあった。


「あっ」


 リリスは思わず声をあげる。彼女は、カイルの母親だ。


 一年前、「僕のお母さんは、お前が聖女の座に居座るから苦しんだんだ!」とリリスに向かって叫んだ少年の、お母さん。


「お元気そうでよかった……」


 思わず言葉がこぼれてしまう。


「え? どこかで会ったっけ?」


 女性――マリーは不思議そうに首をかしげる。リリスは慌てて、すみません、知り合いに似ていたので、とごまかした。


「施療院の仕事に興味を持ってくれたの?」


 マリーに尋ねられて、リリスはおずおずと言った。


「私にも何かできることはありますか」


「もちろん!」


 マリーは嬉しそうに言うと、リリスを施療院の中へと案内する。


 ずらりと並ぶベッド。


 そこには、先日結ばれた、異教徒との休戦協定により、戦場から引き上げた兵士が大勢寝ていた。


 兵士が寝るベッドの間を、エプロンと白い頭巾の女性たちが忙しく行き来している。


 裏庭で薬草を干している人。


 それらを煎じて薬を作っている人。


 包帯を切って丸めて整えている人など、みんなが様々な仕事をしていた。


「ごらんの通り人手が足りなくてねえ、猫の手も借りたいくらいなのよ」


 リリスは見回してすぐに気がついた。ここでは治癒魔法は使われていない。


「あの……加護もち様はどちらに?」


「ああ、加護もち様はもっと症状が重い人のところに行ってるわ」


 マリーは、自分には加護が無いと言うが、その表情には自信と矜持があった。


「あたしみたいな加護のない人間でも、きちんと正しい知識と技術を学べば、怪我人や病人の手当や、食事のお手伝いができるのよ」


 ふと、思い出したようにマリーが尋ねてきた。


「あなた、名前は?」


「わたしはリリ……」


 言いかけて、リリスははっとして口ごもった。本名は名乗らない方が良いかもしれない。


「あ……」 


 しかし、とっさに偽名を思いつかずに、間抜けな声が出てしまった。


「リリアちゃんね」


 勝手に勘違いされた。


「時間があれば、看護の講習もやっているから良かったら聞いていって。無料で教われるわ」


 リリスは自分でもほとんど無意識のうちに、座って講習を聞いていた。


「痛み止めは、この薬草を煎じてつくるの。分量を間違えると毒になるから気をつけて」


「包帯は、こうやって巻くの。練習してみましょう……あら、筋がいいわね」


 リリスは、薬師や看護師に教えられながら、初めて、治癒魔法に頼らずに人を助ける術を知った。




「リリアちゃん、お茶にしましょう」


 マリーに声をかけられて、リリスは中庭の石に腰かけた。


「ずいぶん熱心に聞いてたわねえ。疲れたでしょう」


「い、いえ! いろんなことを覚えられて、楽しいです」


 笑顔で言うリリスに、マリーも笑い、おやつだと言って、干しイチジクをリリスに差し出した。看護者には、交代で昼休憩とおやつ休憩があるということだった。


 リリスが休んでいる間も、施療院の皆はそれぞれ皆、忙しそうに働いていた。


 患者たちも、痛みに顔をしかめながら、歩く練習をしたり、苦みに眉をひそめて薬湯を飲んだりしている。そこには、治癒魔法の奇跡はなかった。


「……聖女様はこちらに来てくださらないのでしょうか」


 リリスはおずおずと尋ねた。


 北の村では、アナスタシアは病の原因を探るために水質調査を行い、人々のこれからの病気を防ぐために動いていたことはわかった。


 だが、引き上げた兵士たちはおよそ全員が怪我人であり、原因は戦争にあることは明らかだ。


 ならば、聖女が一気に奇跡を起こして大勢を治すべきではないのか――リリスにはどうしても疑問が拭えなかった。かつて自分は毎日のように多くの人々に奇跡を施していたから、尚更だ。


「神の奇跡を起こしてもらったら、皆さんもっと早く治るのでは?」


「……そうかもしれないけどねえ」


 マリーはため息をつく。


「ずっと聖女様や他の加護もちの方に頼りっぱなしじゃあ、駄目なのよね」


 言いながら、干しイチジクを噛みちぎる。


「一年前、リリス様の時代は――」


 自分の名前が出て、心臓が飛び出そうになった。


「あの方は、どんな小さな怪我や病気でも、残らず救おうとしてくれたわ。でも……」


 マリーはしばし言いよどんだが、はっきりと続けた。


「あたしたち頼りすぎたのよね。だから、リリス様は力を使い尽くしてしまわれた」


「え……」


 一年前に、無能呼ばわりされた過去がよぎる。


 人々の言うとおり、自分に力が無いのが悪かったのだとずっと思っていた。


 それから、一生恨まれたままだろうとも。


 しかし――。


「聖女の力は不安定です、奇跡がなくとも、できることをやりましょう、って言われたときは……最初は、そりゃあ面倒だったわ」


 マリーは当時を懐かしむように笑う。


「けどね、こうやってみんなができることを積み重ねることが大事だって、やっとわかったの」


「リリスは……能なしの役立たずではありませんでしたか……?」


 一瞬、空気がピタと止まった。


「……誰が言ったのそんなこと」


 マリーの顔が険しくなって、リリスは慌てた。


「そういうふうに、聞いたことがあって……」


「……そうね。今思うと、まだ若すぎたあの娘に酷いことを言ったもんだわ」


 マリーは、ふっと空を見上げた。


「今はもう、どこにおられるのかもわからないけれど……謝れるなら、謝りたいわね」 


 ふーっとため息をつく。マリーは気持ちを切り替えるように顔を上げた。


「そろそろ戻り――」


 マリーはリリスに言いかけて、ギョッとした顔をした。


「どうして泣いているの!? 大丈夫!?」


 言われてから、リリスは初めて自分が涙を流していることに気がついた。


 悲しいことなど何もないのに、こぼれ落ちる涙が止められない。


(あれ、どうして涙なんて……)


「ご、ごめんなさい、私……」


 ――聖女リリスは役立たずではなかった。


 心の奥で、一年前に凍りついてしまった何かが、ゆっくりとほどけていくようだった。




 結局、この日は話を聞くだけでは終わらず、手伝いが終わる頃には空が茜色に染まっていた。


「また来てもいいですか? 昼間は毎日来られると思います」


「ええ、ええ! 助かるわ! またねリリアちゃん!」


 マリーは笑って、リリスに手を振った。


 昼から日暮れまで施療院にいて、久しぶりに働いてすっかりくたびれたはずなのに、心は静かな喜びに満ちていた。




 その日の夜。ボトルシップを作っているベルのもとにリリスがやってきて言った。


「ベルさん。これから、お昼から夕方までは外に出かけていてもいいですか?」


 ベルの動きが、ピタリと止まった。ピンセットからマストの骨組みがぽとりと落ちる。


 固まってしまったベルに、リリスは慌てて言った


「もちろん、お店のお掃除は朝にきちんとやりますので」


「……どちらへ?」


 ベルは、いつも通り穏やかな声を出したつもりだった……幸い、リリスは何も気づいていないようだ


「施療院で、人を募集しているみたいなんです」


 リリスが照れように微笑む。


「治癒魔法が使えなくても、来て良いって言ってもらえて」


 ベルは頭の中で、王宮と、聖騎士団の屯所、自分の店と施療院の位置関係を思い描く。


 王宮や聖騎士団の屯所から見て、施療院は、ちょうど古書店とは方角が逆方向。リリスが施療院に行って帰ってくる道すがら、よほどの不測の事態がなければ、テオとすれ違うことはない。


「あの……だめですか?」


 リリスが不安そうに尋ねてきたのでベルは我に返った。


「とんでもない。いってらっしゃい」


 ベルは内心ほっとしていた。これまでのように噴水広場でうろついていたら、リリスがいつテオと鉢合わせするかわからない。


(何を焦っているのでしょうか私は)


 心を鎮めようとしているのに、胸のあたりがざわざわしている。


(……そう、契約。魂の契約をする前に、彼女がテオドロスと逃げてしまっては困ります)


 それだけのはずだ。――それ以上の理由など、無い。


「ベルさん……?」


 リリスは首をかしげてベルを見つめた。


「なんだか、怒ってませんか?」


「とんでもない」


 ベルは完璧な笑顔でニッコリと笑った。


「ちょうど良かったですよ。私もしばらく、日中は野暮用が続きそうですから」


 絶対にテオとリリスを引き合わせてはならない、とベルは微笑みの裏で決意を固めた。

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