第18話 リリスの誕生日
「あの……」
「はい、どうしました?」
秋も深まった、とある夜。ボトルシップ作りの休憩をしていたベルが、リリスの声に顔を上げた。
「この絵は、何の絵なのですか?」
リリスが指さした絵には、大きな満月の下、崖の上に建つ黒い城が描かれている。
「ああ、これは私の実家です」
ベルは、こともなげに言った。
一方、リリスはベルの言葉に驚いて、改めて絵をまじまじと見つめる。
「ご実家ということは――これが、魔界に?」
かつて、リリスがうっかり開けてしまった魔界の入り口は、魔物たちが跋扈し、いかにも地獄、といった様相を呈していた。
しかし、描かれている城は静謐とした美しさに包まれていて、見ているだけで吸い込まれそうになる。
「私の城は街からは少し離れたところにありますので」
「……そうなんですか」
リリスは落ちてきそうなほど大きく描かれた満月を見つめる。
「大きな月……」
思わずリリスが呟くと、ベルが頷いた。
「ええ、私が作りました」
「作っ……え、月を!?」
予想外の方向に話が進んでリリスは素っ頓狂な声を上げた。
そんなリリスを見たベルが楽しげに尋ねる。
「興味を持っていただいたのでしょうか?」
「い、いえ、別に……」
リリスは眼を逸らす。
そんな彼女を見てベルはふと笑った。
「瘴気の濃い魔界ですが……あなたの魂だけなら、私の城まで連れて行って差し上げられるかもしれませんよ? ふふふ……」
からかわれているとわかって、リリスは少し頬を膨らませた。――その時。
バン、と音を立てて、突然ドアが勢いよく開いた。
「リリスちゃん!!」
ドアを開けたのはベルの母親、ヴェラ。
何やらいつになく真剣な様子で、カツカツとヒールを鳴らしながら大股で部屋に入ってくる。
「母上、いきなり連絡もせずに来ないでくださいとあれほど申し上げたでしょう」
ベルの苦言にヴェラは一切答えない。
息子の横を通り過ぎて、ヴェラはリリスの前に立ってピタッと止まった。
「……何やってんの!?」
「え。私、何かしましたか……?」
リリスが不安になっていると、ヴェラが言った。
「あなた今日、誕生日でしょう!?」
「……は?」
ヴェラの言葉に固まったのはベルだった。
当のリリスは目をぱちぱちさせている。
「そうなんですか?……あっ。そういえば、孤児院の名簿に書いてあったかもしれません」
やっと思い出したように、リリスは笑った。
「……えっ、それだけ!?」
「もしかして、わざわざそのために来てくださったんですか? ありがとうございます!」
本当に嬉しそうにリリスは言う。
ヴェラはしばしあっけにとられた様子で、黙ってリリスを見つめていた。
が、いきなりリリスの手を取ると、宣言した。
「行くわよ、リリスちゃん!」
「行くってどこに」
「プレゼントを買いに行くに決まってるでしょ!」
「えっ!? そんなことをしていただくわけには」
「拒否権は無いわよ!!」
ヴェラは、扉の円盤をルーレットのように勢いよく回すとピタっと止めた。
「母上、もう少し本人の気持ちというものを――」
「うるさいうるさい! あんたは留守番!」
ヴェラは息子にぴしゃりと言うと、困惑するリリスを引っ張って、勢いよく夜の街へ飛び出してしまった。
二人の背中が街の中に消えていくのを見送って、一人になったベルは部屋を見回す。
「誕生日、ですか……私としたことが」
ベルは、外套と帽子を身につけると、自身も円盤を回して、リリスたちが向かった先とは、違う街の一角へと足を踏み出した。
「さあ、ここよ!」
ヴェラが腰に手を当てて、ビシッと店の看板を指さした。
「ここって……」
知らない国の、洗練された都。
「La folletta」と掲げられた看板。
いかにも高級そうな仕立屋にリリスはたじろいだ。
ヴェラに背中を押されて扉をくぐると、天井にはシャンデリアが輝き、ドレスや宝飾品が美術品のように展示されている。
「いらっしゃいませ」
背筋を凜と伸ばした、美しい女性店員が、微かに笑んで会釈する。
(わあ、すごい……格式高いお店って感じ……)
リリスが尻込みしそうになっていると、ヴェラがずいと前に進み出て一言。
「あたしよ」
そう言った瞬間。店員の、怜悧そうだった表情がみるみるうちに破顔した。
「ええー!! ヴェラ様直々に!? 光栄すぎて死にそうなんですけど~!」
「!??!?!?」
混乱するリリスの肩に、ヴェラがぽんと手を置いた。
「この子、誕生日。世界一かわいくしてちょうだい」
「お任せください~! 一名様ご案内~!」
店員はうきうきとリリスの手をひいて奥へと連れて行く。ひやりとした感触に、リリスは思わずその手を見た。人間の体温ではない気がする。
振り返ると、ヴェラがにこやかに頷いた。
逃げ道は、もうなかった。
通されたのは、店よりも奥の部屋。
豪華な調度品、全身鏡、店頭にあったものよりも更に贅沢できらびやかなドレスが並んでいる。
「すごい……」
思わずつぶやく。鏡のなかの自分が、ひどく場違いだと思った。
むせかえるような甘い香水の匂いに、頭がくらくらする。
「……それにしても、なんスかこの服」
いつの間にか五人の店員に囲まれていた。彼女たちの目線が、リリスの頭の先から足の先まで往復する。
品定めされているような視線に、緊張で思わず背筋が伸びる。
「わ、私にはこれで十分で……汚れても洗いやすいですし」
「はいはい、わかったわ。でも今日は特別。私の気が済むまでやらせてちょうだい」
リリスの言葉を受け流してヴェラは尋ねた。
「好みとかある? 無いならあたしがまずは適当に見繕うけど」
「えっと、じゃああんまり目立たないものを」
「ダメ♡」
即答だった。ヴェラは、春の花の色をしたドレスを何着か手に取った。
「じゃ、まずは試着ね。うーん、リリスちゃんは少女らしくてかわいい感じが似合うかな〜」
「えっ、こんなかわいい服……」
「着るだけ着るだけ!」
ヴェラに促されて、リリスは衝立へ導かれる。
「じゃ、まずは採寸からね」
「は~い! ではお客様、衝立の向こうで下着になってくださいね〜」
「えっ、あ、はい……」
リリスは言われるまま衝立のなかで服を脱ぎ、丁寧にたたんで椅子の上に置いた。
「じゃ、測りまー……」
軽い足取りで巻き尺と物差しを持ってやってきた店員が
リリスの下着姿を見てピタリと止まった。
「え……?」
リリスを見て固まっている。
「なあに? どうしたの?」
ヴェラが店員が固まったのを見て衝立を覗き込む。
「え?」
「何これ」
ヴェラの様子に、店員たちも次々衝立の中をのぞき込む。
「あの、わたし何か失礼を……?」
リリスがおずおずと尋ねると、一瞬店が静まり返る。
そして次の瞬間、非難轟々の嵐が吹き荒れた。
「なんでこれをあの服で隠していたの!?」
「もったいない!!」
「つーか! ベル様は何をやってたの!?」
「いや逆に女の子の身体にピッタリの服毎日着せてたらそれはそれでキモいけどさあ!!」
「あ、あの、ベルさんには私がお願いしたんです」
リリスは思わず口を挟んだ。
「修道服が一番落ち着くので、それに近いものを普段着にしたいって……」
ヴェラは腰に手を当ててリリスを見下ろす。
「それにしたって着方ってものがあるのよ、せめてウエスト締めるとか」
「自分の体型がわかってしまうのは、みっともないと思って……」
しん、と空気が静まり返った。
リリスの言葉に、ヴェラの顔から笑みが消えて真顔になる。
「お前たち、作戦変更」
ヴェラの低い声に、店員たちが一斉に直立不動の姿勢をとった。
「少女路線は今回は無し。かといって品のない露出もなし。彼女の良さを活かしたシンプルだけどエレガントなもの。いいわね?」
「承知致しました!!」
店員たちが布をばさっと広げる。
五人の店員が手を振るだけで、メジャーや裁縫針、裁ちばさみが踊るように布の上を駆け巡り、採寸、裁断、縫製をあっというまに進めていく。
櫛や香油もリリスの頭上を駆け巡り、白粉や光の粉がリリスの顔を彩る。
ほどなくして、薄紫色を基調に、銀のオーガンジーでスカートをふわりと飾り、星の刺繍をちりばめた、シンプルでエレガントなドレスがリリスの身体を包み込んだ。
「はい完成! ルージュとチークは好きなの選びな」
そう言って、店員は全身鏡をリリスの前に置いた。
映っていたのは、知らない自分だった。
「すごい……まるで自分じゃないみたいです……」
リリスは店員たちの技術に感心した。
「ありがとうございます、皆さん」
丁寧に礼をすると、店員たちは「仕事をしただけよ」と言いながらも満更ではなさそうだった。
しかし、リリスは何故か居心地悪そうに、うつむいて自分の指をいじり始める。
「……でも、私なんかがこんな綺麗なドレス、もったいないです……」
誇らしげだった店員とヴェラの顔が真顔になったことにリリスは気がついていない。
もじもじするリリスの背中に、店員がいきなり長定規をズボッと挿し込んだ。
「ひゃあ!!」
冷たい感覚に、リリスは思わずピンと背をそらす。
「なんですかいきなり!!」
「お客様。それは傲慢と怠惰です」
定規を背中に入れたまま、店員がリリスを見下ろした。
「ご、傲慢と怠惰!?」
今まで言われたことがない悪口にリリスは驚いてしまった。
我ながら、それらの言葉は、最も自分からは遠い言葉だと自負していた。
しかし店員たちは容赦なくリリスを追い詰める。
「根拠のない自己否定は傲慢だし」
「思考停止に陥っているのは怠惰です」
「いいから早く選んでくださいよ、どのルージュがいいか」
畳み掛けられて、リリスは思わず「ひい」と小さく声を上げてしまった。
ズラリと並べられた口紅に目が泳いでしまう。
一瞬、キラキラとした可愛い色合いのものに目をやったが、リリスはそちらには手を伸ばさず、手近にある一番地味な色を手に取った。
「じゃ、じゃあ、このシンプルなものを……」
リリスが言いかけると、店員たちの目線が、ますます鋭くなった。
「――本当にそれが塗りたいのか?」
ついに敬語をかなぐり捨てられて、リリスはビクッと身を縮めたが店員たちは容赦がない。
「自分には豪華で綺麗な色はもったいないって思ってる顔してんぞ今」
「一瞬イイなって思って、すぐやめたやつあるでしょ。アタシたちの目は誤魔化せませんからね???」
静かに高圧的に迫られて、リリスは観念して叫んだ。
「すみませんこのかわいいピンクでキラキラが入ってるやつがいいです!」
一番最初に目についたルージュを指さすと、ようやく店員たちは満足したようにうなずいた。
その様子を観てヴェラもにっこりと微笑んだ。
「じゃ、このドレスの色違いも作っておいて」
「承知いたしました」
「ヴェラさん!? そんな、一着だけでも恐れ多いのに……!!」
リリスが思わず申し訳なさそうに身を縮めると、いきなり店員からバシッと背中を叩かれた。
「痛っ!? な、何ですか!?」
「猫背になるな!」
怒号が飛び、ほかの店員たちもリリスの肩をぐい、とつかむ。
「はい、肩甲骨を意識して。顎は引く!」
「その気弱そうな顔をやめろ!」
「堂々と歩けこの怠惰女が!」
リリスは、十歳の時に受けたお妃教育を思い出していた。姿勢や佇まいなど、あの時にすっかり身についたものだと思っていたが、聖女失格と言われて、いつの間にか身を縮めて歩くのが癖になっていたらしい。
厳しかったお妃教育の講師の言葉を思い出す。
「えっと――殿方を立てるように、静かに粛々と歩くんですよね?」
リリスが昔の記憶を辿りながら尋ねると、店内は更に紛糾した。
「全然違うわ!」
「ヴェラさまが男のためにドレスを新調するとでも思ってんのかい!?」
「自分が世界一の美女だって思いながら歩きな!!」
店員たちの容赦ない叱咤に、リリスはヒイヒイ言いながら、姿勢と歩き方を叩き直されることになってしまった。
必死に歩く練習をして、ふと見るとヴェラが店員に札束を渡している。
「ヴェラ様から代金なんていただけません!」
「駄目よ。対価はきちんと受け取らなくちゃ」
いつの間にか会計に進んでいるのだが、カウンターに乗った品が一つではない。
多い。
品物が明らかに多い。
「あ、あの、ヴェラさん……?」
リリスがおずおずと声をかけるとヴェラは何でもなさそうに言った。
「とりあえず最低限、普段も使えそうなドレス三枚と、補正下着と、あと靴ね。歩きやすいの三足とお出かけ用の踵の高いやつ一足買っておいたから」
「じゅ、十分すぎます!」
「でしょう? 最低限、これだけあれば何とかなるわ」
あまりにも価値観とスケールが違いすぎて、リリスは説得を諦めてしまった。
「買ったモノはこの座標に送っておいて。ベルの家だから」
何やらリリスには理解できないやり取りを店員とした後、ヴェラはリリスの隣に座った。
「うちは男の子ばっかりだから、娘ができたらこんな感じかなって思えて、楽しかったわよ」
上機嫌でニコニコと笑っている。
「……ベルさんにはご兄弟がいらっしゃるんですね」
「正確には、いた、になるわね。ベル以外の兄弟はみんな弱くて死んじゃったから」
「え……」
黙り込んでしまったリリスにヴェラは急いで言う
「そんなに深刻にならなくていいのよ。魔界は弱肉強食。弱い者は死に、強いものが勝ち残ることは普通のことなの」
「それは、兄弟同士で跡目争いがあったということですか?」
テオのときには無かったものの、王家の跡継ぎをめぐって昔は恐ろしい政争もあった、とリリスは本の知識だけで知っていたが。
「いえ、散歩中に溶岩に落ちたり、巨大な蛇に突然食われたり色々よ」
「か、過酷……!」
思ったよりも野生的な環境に絶句してしまった。
「まあ、もう一人だけ、生き残ったベルの兄がいたんだけど……悪魔の禁忌を犯したから追放しちゃったのよね」
ヴェラは肩をすくめた。
「あ、悪魔に禁忌とかあるんですか……?」
ベルたち悪魔はなんの制約もなく自由に生きていると思っていたので、リリスは尋ねずにはいられなかった。
「そうねえ、あまり詳しいことは言えないけど、魂狩りの方法が一線を越えていたわ」
「……」
ヴェラが言う「一線を越えた魂狩り」が、どれほど恐ろしいものなのか、想像するのも恐ろしくてリリスは口をつぐむことにした。
話題にしたくなかったのはヴェラも同じだったようで、その話はそこで自然とおしまいになった。
荷物の発送を終えると、ヴェラはドレスを着たリリスの手を取って軽やかに歩く。
「光栄でございました。またのお越しをお待ちいたしております」
店員たちは最後には高級店の店員らしく、優雅にお辞儀をして見送った――と思ったところで。
「それとリリス様」
急に呼び止められて、リリスは振り返る。
店員たちは目をキラリと光らせると、言った。
「次ダサい服着て背中丸めて歩いてるの見たら殺すからね」
「二度と『私なんかにもったいない』なんて言葉、口にすんじゃないわよ」
「こ、怖いです……」
店員たちの剣幕に、リリスはたじろぎかけた。
――だが、しかし。
リリスは背筋をピンと伸ばし、店員たちとヴェラに向かって、礼をした。
「皆さま、本日は本当にありがとうございました――今までで一番、楽しい誕生日でした」
これ以上ない素直な言葉に、ヴェラは「あら」と笑い、店員たちは驚いて、照れくさそうに顔を赤らめ、なぜかリリスをにらむように見つめた。
「ま、またいらっしゃいよ!」
「次はこんなもんじゃ済まないんだからね!」
店員たちの様子にヴェラは吹き出す。
「まあ、お前たち。最後は形なしじゃないの。珍しいこと」
「わ、わたし何か失礼を……?」
「いいえ、普段一癖も二癖もある客を相手にしてるから、あなたの魂の純度に動揺しただけよ」
ヴェラはまだ愉しげに笑っていた。
「ただいま〜! どう? リリスちゃん、似合うでしょう?」
帰宅するやいなや、ヴェラの弾む声とともに、背中を軽く押される。
リリスはよろめくように一歩前へ出た。
視線の先には、ベル。
「へ、変じゃ……ないでしょうか……」
慣れないドレスの裾を、無意識に指でつまむ。
着たことがある豪華な聖女の服は、あくまで式典のために伝統衣装を着せられていただけだった。
こんなふうに自分のために着飾るのは、はじめてで、どこかそわそわして落ち着かない。先ほどあんなに店員たちにしごかれたと言うのに。
ベルは何も言わずに、じっとこちらを見ている。
その視線に気づいた瞬間、胸がどくりと鳴った。
(……な、何か言ってください……!!)
逃げ場を探すように視線を揺らす。
けれど、逸らせない。
ほんの数秒のはずなのに、やけに長く感じられた空白のあと。
「……お似合いですよ」
ようやく、言葉が落ちてきた。
静かで、飾りのない声。
「本当ですか?」
思わず、声を上げる。
「ええ、とても」
即答だった。
その響きに、胸の奥がじんわりと暖かくなる。
――からかわれていない。
彼に見てもらうことが、こんなにも嬉しいものだなんて。
(……どうして)
知らなかった。
こんなふうに誰かの言葉を、待ってしまう自分を。
こんなふうに、たった一言で満たされてしまう自分を。
「ほらね〜!」
ヴェラが満足げに笑う。
「ベルがそんな顔するなんて、なかなか見られないんだから。貴重よ?」
「……母上」
わずかに眉をひそめるベル。
けれど、否定はしない。
そのやりとりを見ているだけで。
胸の奥が、あたたかくほどけていく。
理由は、まだわからないまま。
ベルが、視線をヴェラからリリスに戻した。
「――リリスさん、すみません。夜更けだったので、あまりいい材料が手に入らなかったのですが。」
彼が申し訳なさそうに手で指し示すほうを見ると、テーブルの上にごちそうが並んでいた。
鶏の丸焼き。
色とりどりの温野菜。
赤くつやつや光るさくらんぼのパイ。
それに様々な果物の盛り合わせ。
テーブルクロスも、リリスの好きな植物模様の美しいものが敷かれている。
燭台の蝋燭に灯りがともり、特別な暖かみに溢れていた。
「わあ、すごい……ありがとうございます、ベルさん!!」
それでもベルは少し無念そうに眉を下げている。
「私としたことが迂闊でした。次はもっと余裕をもって準備するべきですね」
何気ないベルの言葉に、リリスの胸が大きく高鳴った。
「つ、次って……?」
「一年など、瞬きする間に過ぎてしまいますから」
当然のように言われて、リリスは時が止まったような気がした。
「あの、ベルさん……」
「じゃあ、あたしは帰るわよ~!」
ヴェラの大きな声が響いた。
彼女は円盤を調整して、もう行き先が変わったドアを開けていた。
「ハッピーバーデー、リリスちゃん! 次は朝から祝うのよ!」
ヴェラはウィンクをして、嵐のように去って行った。
「騒がしい人ですね」
ベルはため息をつくと、リリスに椅子を勧めた。
「私、こんなふうに誕生日を祝ってもらうの、初めてです」
蝋燭を見つめるリリスをしばらく見てから、ベルはふっと微笑んだ。
「……では、今回は一回目ということで」
そして、いつもの計算高さを感じさせない、柔らかい声で言った。
「お誕生日おめでとうございます」
燭台に灯がともる暖かな二人きりの食卓は、悪魔が用意したとは信じられないほど、幸せな優しさに満ちていた。




