第17話 アナスタシア、会議の荒波に立つ
村の調査から帰った翌日。
王宮の大会議室では、御前会議が開かれていた。
大臣たちと教会の聖務官が列し、玉座には国王と聖王、そして王太子が並ぶ。
王室側と教会側は左右に分かれ、その中央――壇上に、アナスタシアは立たされていた。
「――聖女が命の選別をしたのですか?」
王宮の会議室で、コルネリウス大聖務官がアナスタシアに冷たい目線を向けて尋ねる。
「はい。優先順位をつけました」
アナスタシアは毅然とした態度で答える。
「リリス様のように、目の前のひとりひとりを救うことももちろん大切だと思っています。……ですが、私は、村が同じ苦しみを繰り返さないよう、水質調査を行いました」
大臣たちは眉をひそめ、教会の聖務官は失笑した。
「妃殿下たる者が、泥臭い水質調査など……品位に関わりますよ」
「いやあ、さすが軍閥のご令嬢はやることが違いますなぁ」
そんな中傷などアナスタシアにはどうでもよかった。
別の聖務官が咳払いをしてアナスタシアに尋ねる。
「その水質調査と浄化装置とやらで、村の民は納得するとお思いか?」
「三カ月後には効果が実感できることでしょう」
「三カ月!?」
アナスタシアの言葉に、聖務官はドンと机を叩いた。
「民はそんなに待てません! 迅速な神の奇跡の体現こそ聖女の役目です!」
「聖女の役割を放棄なさるのですか!」
非難轟々の嵐。その荒波のなかで、アナスタシアは必死に立っていた。
「ならば、聖女がいなくとも、人々が助け合い、治癒を促す仕組みを作りましょう」
「は……?」
教会の関係者たちだけでなく、王室の大臣たちも信じられないものを見る目でアナスタシアを凝視した。
「リリス様はある日突然治癒の力を失った。私もそうならないという保証がどこにありますか」
「その時は新しい聖女が――」
「必ず聖女がいるという保証もどこにもないでしょう」
そんなことを考えていた聖務官や大臣など誰もいない。
「――奇跡に頼りすぎない国をつくるのです」
その言葉に、一同はざわめく。
「私の力がなくとも、知識と技術を学べば、人は人を助けることができます。毎年聖女に当てられる特別予算は、すべて『加護なし』の看護者の育成に使います。私の予算ですから私の好きに使って構いませんわよね?」
アナスタシアの言葉に、一同は一瞬静まり返り、それから大臣も聖務官も、次々と不満の声を上げた。
「確かに名目上は聖女様の予算、となっておりますが、清らかな聖女妃が金の運用を自ら行うなど、あり得ません。あくまで実際は教会の管理であり――」
「待て! これまでの聖女様の後見は教会だったから好き勝手していたのだろうが、今回はそうはいかんぞ!」
聖務官と大臣が言い争いを始めた。
「恐れながら、王太子妃が卑しい加護なしの育成など……聖女の名誉に傷がつきましょうぞ?」
「まったく、リリス様は素直な方でしたのに、アナスタシア様は聖女の役目を軽んじておられる!」
「そんなことよりもお世継ぎは? まだご懐妊の兆しはないのですか?」
アナスタシアは、ぎゅっとドレスの裾を握りしめた。
名誉、体面、世継ぎ
そんなもの、国民の命よりも重いと言うのだろうか?
アナスタシアは、次の言葉がとっさに出せずにいた。その時、それまで静かに会議を聞いていたテオが、ゆっくりと立ち上がった。
「……もういい」
低く、押し殺した声だった。
「さめっきから黙って聞いていれば……」
王太子の発言に、皆が息を呑む。
「貴殿達は、皆、自分のことしか考えていないのだな」
大臣たちはすぐに反論した。
「何をおっしゃいます、我々は国を思えばこそ!」
「国とは一体何のことだ。国民の命を何だと思っている」
テオが静かに、指でトンと机を叩くだけで、一同はビクリと肩を震わせた。
「……そして、それを救おうと戦う者を何故そのように邪魔立てする?」
会議室が水を打ったように静まり返った。
「私は、聖女の意見に賛成だ。文句があるなら私に言え」
王太子の宣言に、大臣と聖務官たちは青ざめた。
「こ、国王陛下……!」
「聖王猊下……!」
大臣と教会はそれぞれ助けを求めるように振り向いた。
しかし、国王は一言「よきにはからえ」と言うのみ。聖王はいつもどおり眠っていた。
聖務官も大臣もなすすべがなかった。
「では、解散だ」
テオの一言で、一同はすごすごと退散せざるを得なかった。
皆が出ていってしまってから、アナスタシアは長いため息をついた。
「……ありがとうございました、殿下」
一瞬、言葉を選ぶように間を置いてから続けた。
「一人ではないと、思えました」
テオは、聖女であり妻である彼女をじっと見る。
「城下に降りたこともない連中が、君を責めるのを見ていられなかった……いや、違うな」
テオは小さく首を振った。
「見ていられなかったのは——君が、一人で戦っていたからだ」
その言葉に、アナスタシアは、王太子妃の完璧さを放り出して微笑んだ。
「……はぁ~〜〜!! 疲れました……」
思いっきり伸びをする彼女に、テオは思わず苦笑した。
「多くの人を救いたいだけなのに、こんなにも大変なのですね……」
「ああ、そうだな……」
テオは思案するように、会議室の窓から見える空を見上げる。アナスタシアは無意識にテオの目線を追った。
今日は昨日とはうってかわって気持ちの良い晴天で、白い鳥が2羽、連れ添って飛んでいくのが見える。
「決めたぞ」
不意に、テオが自分に振り返ったのでアナスタシアは驚いて動けなかった。
「アナスタシア。俺はこの先――」
空色の瞳が、アナスタシアをまっすぐに見つめる。
「誰がなんと言おうと、君の味方でいることを誓おう」
テオの誠実さに射すくめられて、アナスタシアの頬は少しだけ紅く染まった。




