004 巡り会うふたり
王都のような大規模な都市は重厚な隔壁によって守られているが、規模が小さな集落は違う。大抵が平原のただ中に存在して、細々と生活を営んでいるのだ。フルーホの町も同様で平原から小さな丘に掛けて町が築かれていた。
そんなこの町の丘上には孤児院が建っていた。
赤い寄棟屋根を帽子のように被った2階建ての大きな建物で、建物の正面には白塗りの柵に囲われた庭がある。砂場には堅牢そうな城塞が佇み、リンゴの木の太い枝にはブランコが吊るされている。
しかし現在、せっかくのこの庭は使われていない。
それは今が読み聞かせの時間だからである。
一階右奥の遊戯室には幼い子供たちが集まっていて、その視線は紙芝居に釘付けだった。
いま語られているのは『遠い昔の王子様』という作品で、主人公の平民の女の子は幼い頃、王子の友達だった。しかし年齢を重ねるに連れて2人の距離は身分差によって引き離されてしまう。
そして王子は他の身分の高い女性と結婚することになった。
その報せを聞いた主人公は悔しくて涙を流すが、そんな彼女の元へ王子が現れるのだ。「身分なんて関係ない。僕は君が好きだ」そんな純粋な言葉に主人公は涙し、自分の思いを伝え、2人は結ばれるというものだった。
「――2人にはこれから様々な問題に打つかるでしょう。それでも、2人なら乗り越えていけると固く信じ、愛を誓い合うのでした。おしまい」
そうして物語が終わりを告げると女の子たちは目を輝かせて喜んだ。その一方で男の子は女の子ほどでないにせよ、この物語を楽しんではいた。
だがその誰よりもこの物語を楽しんでいた者がいる。
それは他でもない、語り手の女性だった。
彼女はトレーネといい、ペールブラウンの髪を3つ編みにして、頭には赤いスカーフを巻いている。彼女は少女時代より変わりない澄んだ瞳を煌めかせ、そばかすの目立つ顔を幸せそうに蕩けさせている。
「はあ……真実の愛って素敵よね」
うっとりとため息をつくと、その傍らにいた年長の少年ウルティオが吹き出す。
「ぷ! 姉ちゃんってば、そんな夢みてるからいつまで経っても結婚できないんだよ」
今年20歳を迎えたばかりのトレーネにとって結婚は微妙な話題だった。故に不機嫌になっり、口先を尖らせて言う。
「そんなことありませんよーだ! 今に王子様が迎えに来てくれるんだから!」
「あはは! 来ない来ないって!」
ケタケタと笑うと少年は女性の反応を横目で窺いながら言う。
「ま、あと3年も売れ残ってたら俺がもらってやるよ」
そう口にするウルティオは現在12歳。成人するまであと3年だ。そんな彼の言葉にトレーネは悔しそうに眉を顰める。
「ティオくんにもらわれるまでには売れちゃうから」
「はは、どうだか!」
ウルティオが笑うと紙芝居を観ていた年少の子たちがきゃははと高い声で笑う。だから2人も訳もなく笑った。これがこの『バロムおじさんのお家』の日常だった。
と、そんな時、玄関のドアが開く気配がして、「ただいま!」と院長のバロムの声がした。
「おとうさんだ!」
4人いる年少者の内、唯一の男の子であるケリンがそう言うと、子供たちはすくと立ち上がり、まるでこれからおやつの時間を迎えるかのような燥ぎ様で遊戯室出て行った。
「ああ! 転ぶから走らないの!」
言うがしかし、届かなかった。
「まったく」
トレーネが小さくため息をつく傍ら、ウルティオは「そういや」と子供たちの出て行ったドアを見やる。
「新しい子が来るかもって言ってたけど、どうなんだろ」
「お父さん、ウキウキして出ていったからね。きっと連れて帰ってくるよ」
ウキウキしていることと連れて帰ってくることの因果は不明だが、トレーネもまた、子供が増えることを喜んでいた。それはウルティオも同様であり、自然と頬が緩む。
「ふふ、どんな子か、楽しみだね」
「手間が掛からねえと良いんだがな」
ウルティオが澄まして見せるとトレーネはくすりと笑い「それじゃ、行こっか」と玄関へ向かった。
玄関は子供たちで埋め尽くされていて、それが外にあふれないよう留めるかのようにバロムが立っている。彼は愛おしい子供たちの頭を撫でながら、笑顔を浮かべる。
「ただいま」
トレーネとウルティオはぴょこぴょこと跳ねる頭越しに父を出迎える。
「おかえりなさい。あの話はどうなったの?」
「ああ今それを言おうとしたんだ。お前たち、今日から新しい家族ができるぞ!」
その一言にわーきゃーと甲高い声が玄関を満たす。その音響の中、バロムは脇に逸れる。すると視線は玄関の枠の中に集中する。
そこにはあのヒモト人の少年がいた。
少年は大きな瞳をこれから家族となる子供たちに目を輝かせてバロムを見上げる。
「これがぼくのおともだち?」
「そうだ。そして家族だ」
「かぞく……!」
そう呟いた瞬間、子供たちは新たな家族を質問責めにした。
「おなまえは?」「なんさい?」「どこからきたの?」
それらはしかし、少年に頭痛を起こさせるばかりで答えは出てこない。
子供たちが不思議そうにする中、バロムは「なにもわからないんだ」と正直に述べた。
すると賢い子供たちはそれ以上の追求をすることなく「いっしょにあそぼ」と誘った。
「……うん!」
そうして導かれるままに遊戯室へと向かおうとした少年をバロムは引き留める。
「待ちなさい」
「なに?」
足を止めて問い掛ける少年だが、その途中でトレーネたちの存在に気付く。
「あ、こんにちは!」
礼儀正しくも元気いっぱいなその姿にトレーネは自然と口元が緩んだ。
「こんにちは。そして初めまして。わたしはトレーネ。これから君のお世話をするお母さんだよ?」
「おかあさん?」
トレーネはまだ20歳な上、小柄で童顔なため〝お母さん〟としての風格を皆無だ。だが彼女はこの施設で養母を務めているから確かに〝お母さん〟ではあるのだ。
少年がフクロウ張りに首を傾げる一方、ウルティオは吹き出した。
「大人っぽくねえとよ」
「誰もそこまでは言ってないでしょ!」
今や自分よりも大きくなったウルティオの目を恨めしげに見上げるとトレーネはため息をついて少年に向き直る。
「まったく……そういうわけだからみんなわたしを『お姉ちゃん』って呼んでるの」
「おねえちゃん?」
「そう。だからよろしくね?」
「うん!」
満面の笑みで頷くと少年はウルティオに視線を移す。
「おにいちゃん?」
「そう。ウルティオくんって言うんだけど、長いからみんなティオお兄ちゃんって呼んでるの」
そこまで言うとトレーネは挨拶をするよう目線でウルティオを促す。
「ああよろしくな」
「よろしくおねがいします!」
そうして挨拶を済ませると少年はケリンたちに連れられて遊戯室へと駆けていった。
小さな子供たちを見送るとバロムは「さて」と改まる。
「今日はお客さんがいるんだ」
「お客さん?」
「ああ。――さ、お入りください」
そうして現れた青年の姿にトレーネとウルティオはそれぞれ別の意味で息を呑んだ。
細身の長身で、中性的で端正な顔立ちをしている。柔和な目は木漏れ日のように優しい金色で、男性ながらに伸ばした長髪は月光を編んだかのように美しい。
その姿にトレーネは女性として負けたようにも錯覚したが、悔しくはなかった。それは美しい彫像に妬心を抱かないのと同じ事である。
(きれい……)
トレーネの小さな胸がとくんと鳴る一方、ウルティオは奥歯を噛みしめた。
目の前にいる美青年に。そして彼に見蕩れる姉の横顔に。
様々な感情が渦巻く中、青年――フェアは丁重に頭をさげる。
「お邪魔いたします」
トレーネはハッと意識を取り戻す。
「……あ、ああいえ!」
たじたじな姉に辟易しながらウルティオが養父に問う。
「それで。この人は誰なの?」
「ああ。それは長くなるから。トレーネ。お茶を頼む」
「あ、はい」
去り際、彼女はチラリと青年を見た。すると目が合ってしまい当惑するも、フェアの微笑みに照れくさくなって視線を降ろし、自分の爪先を見ながら給湯室へと向かった。
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