第5話(最終話)
――ズドォォォォォンッッ!!!
大気を引き裂き、大地をドロドロに溶かしながら、古竜の放った最大出力のブレスが俺のいた座標を直撃した。
あまりの熱量に平原が激しく爆発し、巨大な火柱が天を突く。紅蓮の炎と爆煙が視界を完全に覆い尽くした。
「カ、カイ殿ォォォーーーッッ!!」
王国騎士たちの悲痛な叫びが響き渡る。
誰もが確信した。いくら規格外の強さを誇る聖者といえど、あの直撃を無防備に受けて生きていられるはずがない、と。
「ハ、ハハハ……やったぞ! ついにあの怪物を仕留めた!」
残った魔族の幹部が、己の勝利を確信して狂喜の声を上げる。古竜もまた、すべての力を出し切り、荒い息を吐きながら傲然と頭を上げた。
だが。
爆煙がゆっくりと風に流され、その『中心』が露わになった瞬間、戦場にいた全員の思考が完全に停止した。
「……な、んだ……あれは……?」
誰かが掠れた声で呟く。
赤黒く焼け焦げた大地の中で、俺がいた場所だけが、真円の形に青々と草が茂ったまま無傷で残っていた。
そして、その中心に立つ俺の周囲には――巨大な『黄金の時計』を模した、幾重もの神聖な結界が展開されていた。
古竜の命懸けの一撃は、その結界に触れた瞬間、まるで定時にパソコンの電源を落とすように、完全に『シャットダウン』されて霧散していたのだ。
「ば、馬鹿なッ!? 古竜のブレスを真っ向から受けて、無傷だと……!? どんな防御魔術だ、そんな記述はどの魔導書にも――」
驚愕に目玉が飛び出そうになっている魔族たちに向けて、俺は背負っていたカバンを肩にかけ直しながら、いつも通りのビジネススマイルを向けた。
「いえ、魔術ではなく、これは『定時退社』ですので。時計の針をご覧ください」
俺の頭上で、黄金の時計が【17時00分15秒】を刻んでいる。
「これ以上の対応は、完全なる『業務時間外』となります。私の辞書に、サービス残業という文字はありません。……というわけで、本日の業務はすべて終了です。お疲れ様でした」
「ま、待て! 話はまだ終わって――」
「お先に失礼します」
ビシッと完璧な一礼を決めた瞬間、俺の身体が爆発的な黄金の光に包まれた。
『帰宅シーケンス、正常に完了。本日もお疲れ様でした』
次の瞬間、俺の視界は一転した。
――フスッ。
耳に届いたのは、風の音ではなく、宿屋の使い古されたベッドのシーツが擦れる音。
目を開けると、そこは昨日と全く変わらない、夕暮れの光が差し込む狭い安宿の一室だった。
「ふぅ……。今日もジャストで帰ってこれたな」
俺はカバンを床に放り投げ、鎧代わりに着ていた動きやすい服を脱ぎ捨てて、即座にパジャマへと着替えた。
身体をベッドに大の字に投げ出す。戦場での緊張感も、ドラゴンの威圧感も、この部屋には一切持ち込めない。これぞユニークスキル『定時退社』の絶対防御にして最高の実益。
「金貨100枚のビッグプロジェクト、無事にクローズ(完遂)だな」
あの後はギルドマスターのエルザが契約通りに処理してくれるだろう。
これで明日からは、念願の働かないニート生活、いや、優雅な早期リタイア(FIRE)生活が始まる。毎日昼まで寝て、美味しいものを食べて、のんびり過ごすんだ。
俺は最高の達成感に包まれながら、ふかふかの枕に顔を埋め、深い眠りへと落ちていった。
――しかし、俺はまたしても、この異世界の人間たちの『勘違い能力』を甘く見ていた。
数日後。
そろそろほとぼりが冷めた頃だろうと、報酬の金貨を受け取るために、昼過ぎにギルドへ向かった俺は、街の様子が明らかに狂っていることに気づいた。
街の至る所に、俺の顔(を酷く美化させたもの)が描かれたポスターが貼られている。そこには大きな文字でこう書かれていた。
【王国を救った、不眠不休の『定時の聖者』カイ様! 魔王軍の攻撃をあえて17時まで引きつけ、一瞬で防衛した伝説の戦術を称えよ!】
(……は??)
嫌な予感を限界まで膨らませながらギルドの扉を開けると、そこは前回以上の大騒ぎだった。俺の姿を見た瞬間、全冒険者と騎士たちが一斉にカタカタと震え出し、道をあけて最敬礼をする。
「あ、あの、カイさん……」
受付嬢が、もはや神の使いを見るような目で、金貨が詰まった巨大な袋と、一枚の『超豪華な書状』を差し出してきた。
「こちら、今回の報酬の金貨100枚と……国王陛下からの、直々の『常任軍事顧問(国家最高役職)』への就任要請書です……!」
「……はい?」
奥の部屋から、エルザが満足げな、しかしこれ以上ないほどギラギラとした目で歩いてくる。
「やったなカイ! お前の『17時までにすべてを終わらせる絶対先手必勝戦術』は、国王陛下をも感動させた! これからは国の全軍をお前に任せる! さあ、次は魔王城の攻略だ! シフトの仕様書(作戦書)を組んでくれ!」
全冒険者から巻き起こる「カイ! カイ!」という熱狂的なコール。
手元にある、一生遊んで暮らせるはずの金貨100枚。
そして、目の前にある、前世のブラック企業の上司より遥かにタチの悪い、国家規模の超超超・過密プロジェクトのオファー。
(俺の……俺の明日のホワイトなシフト(休日)は、一体どうなるんだ……!?)
俺は心の中で、前世のデスクの上よりも深い絶望の叫びを上げるのだった。




