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第6話 「香川慎一の憂鬱」 

 二晴の話を知った時、一誠は香川の事務所へ駆け込んだ。


 既に取引先である地元銀行と融資の話は進めていたが、提示された金利は1%。香川と共に、なんとかもう少し下げられないかと交渉を試みていたところだった。だが、銀行側は強気だった。


 仮に、一誠から金利を下げてくれないならメインバンクを他の銀行に変えると言われたとしても、信用金庫ではYUZUNOKIの規模にはもう合わない。そしてこの県内で他に有力な地銀はなかった。

 隣県の地銀をあたってみても、いくらYUZUNOKIが優良企業といえど、取引実績のない企業にいきなり三十五億円の融資を出すのは現実的ではなかった。


 実はこういったことは香川も十分想定していた。


 「これまでの実績と現在の借入状況からすれば、できても0.8%が限界でしょう」


 と一誠に話をしていた。そこへのぞみ銀行の二晴の話である。一誠から相談されても有効な打開策は思いつかなかった。


 「三十五億は調達できるんです。金利で勝てなくても、今までの専務としてやってきた実績と、社員からの指示を取り付けるようにしましょう。人望は一誠さんの方があります」


 香川は一誠にそう答えた。香川は頭の悪い男ではない。むしろ理知的で分析にも長けていた。仕事は丁寧で、誠実。香川税理士事務所が五人の税理士を抱える中堅事務所に成長したのも、そうした姿勢が顧客の信頼を勝ち取ってきた証だった。

 しかしそれゆえ奇策を用いること、いや奇策を考えることは苦手であった。やったことがなかったと言ってもいい。税理士は税理士なのだ。


 一誠は香川の言葉を聞いて少し安堵したように見えた。だが、社員の指示を取り付けろと言われても、その方法がすぐには思い浮かばなかった。

 専務といっても、彼がこれまで行ってきたのは、年間計画と月次計画の管理、取引先や仕入先とのトラブル対応、新商品の開拓と契約交渉といった業務である。それらは確かに会社にとって重要な仕事だったが、経営判断や人事に関しては、誠司が一手に握っており、一誠は関与してこなかった。


 「まずは幹部社員とじっくり話をしていきましょう。そして今後のYUZUNOKIをどうするのか、どうしたいのか、どうやっていくのか、それを幹部達と作りあげていってください」


 正攻法である。香川の提案は、誠実で地道なものであった。即座に効果があるものではないが、YUZUNOKIも一誠も、将来必ず成長する骨太の処方箋だった。いかにも香川らしい方策である。


 「わかりました!早速やります!」


 一誠は、力強く言い残して事務所を出ていった。


 その一誠を見送りながら香川は気を落としていた。この程度のことは人に相談するまでもなく一誠自身に考えていて欲しかった。誠司なら人に言われるまでもなく既に考えて実行していただろう。誠司は、人に助言を聞くにしても、常に自分の中に腹案を持っている男だった。

 そうした誠司とは明らかに器の違う息子のブレインのようになっている。香川にとってそれは、不本意であり、特に一誠が負けた時のことを考えると、気が重かった。


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