質拾伍話.ただ、それだけの事実
“彼女の名前は、クローフィーだ”
記憶を取り戻す過程で薄々感づいてはいた。記憶の中の女の子の顔は少しクローフィーに面影を残す。
「朝か。」
いつのまにか眠っていたらしい。窓から差す日差しが少し眩しい。
シャーノはまだ戻ってないらしい。......あんな言い方をしてしまったから、少し気にしているのかな。
「悪いことをしたな。」
頭の中がぐちゃぐちゃになっていたとはいえ、“少し1人にしてくれ”はないだろう。シャーノが帰ってきたら謝らないとな。
静かだ。
シャーノが居ないからだろう。
......いや、もしかしたらメルト......この世界で言うクローフィーが居ないからかもしれない。
そういえば、クローフィーも俺のことを知らない様子だったな。戦った時も......
そこで、気づく。
「クローフィーが、生きてるかは分からない......?」
そうだ。あんな爆発があったんだ。今まではフウカの安否優先だったし、クローフィーは敵だったからどうなろうと良かった。だが、俺とクローフィーの関係を思い出してしまった今、俺は同じように考えて割り切れるだろうか。
「......。」
その時、ふわりと風を感じた。あぁ、この感じはよく知っている。
「シャーノ......本当にごめん。」
「......。」
謝罪の言葉はすっと出たが、怖くて彼女の方を見ることができない。
もし、振り向いて、それでもこの寂しさが埋まらないのなら、俺は......どうすればいいのだろう。
「ごめん、本当にごめん。シャーノは全然悪くないのに、酷い言い方をした。謝る、この通りだ。」
「......っ」
やっぱり、許してはくれない、か。俺は顔を見て話せないほど、怖がりで臆病な人間に成り下がってしまったみたいだから。もしかしたら、シドの言う通り、ずっと忘れていた方が幸せだったのかもしれない。でも......
「......シャーノ?」
その時、後ろからシャーノが俺に抱きついてきた。よく聞くと、嗚咽のようなものが聞こえる。
「私もっ......怖かった......偽物の私で喋ってたからっ......あなたと......メルトと仲良くしたかった......だから......1人にしてって言われた時......とても怖くなった......メルトに見捨てられたんじゃないかって......とても怖かったんだよぅ......」
シャーノはいつもの口調じゃなかった。あの......ローシュ伯爵邸での惨状の直後のように。
「ごめんなさい、メルト......謝らなきゃいけないのは私の方なんだよ......本当にごめんなさいっ......」
後ろにいるのは精霊とか人間とか関係ない、ただ1人の弱い女の子で、俺が無茶言ってもなんとか叶えてくれる優しい子。ただ、それだけだ。
「俺も悪かった、せっかく助けてもらっているのに、突き放して、不安にさせて......謝って済む問題じゃないと自分でも分かってる。でも、謝らせて欲しい。本当に、ごめん。」
「......メルト、こっち見て、欲しいんだよ。」
その言葉は俺の心を揺さぶる。そして、何も感じないかもしれないという恐怖が俺の中に溢れ出す。それは動き始めた体に大きなブレーキをかけた。
「えへへ、メルトも、泣いてる。私と......おんなじ。」
それでも、そのブレーキを振りほどくほどの強い意志を持って振り返る。シャーノは泣きながら、笑っていた。今まで1回も見たことない、本当の笑顔を見せていた。
「......っ!」
涙が頬を伝っていくのを感じる。この涙の理由は何だろうか。
「私も、メルトを許すから......メルトも私を許して?」
分かった。このシャーノという女の子は外側だけはとても強い女の子なんだ。周りと馴染みやすいキャラクターという鎧を演じて、ある一定の距離より近くには近寄せない。......でも、ひとたびその鎧が剥がれると、弱い女の子になってしまう。そういう不安定な子なんだろう。
「そんなの、答えるまでもないじゃないかっ......。」
朝、陽光照らす宿の中で、俺たちは抱き合った。2人とも涙を流して、そして嘘偽りのない、本当の自分で。




