陸拾玖話.“シャナワース”
「確かに不気味だな。」
子爵の許可を得て森に入ると、そこは想像以上に暗く、じめじめとした場所だった。不思議なことに虫や動物などは全く見かけず、ただ木々と草本があるだけである。
子爵の話を聞く限り、こちらが探さなくてもあちらから勝手に接触してくるような言い方だった気がする。しばらく歩き回ってみようか。
「シャーノ、何か気づいたら言ってくれよ。」
「うん!」
これなら何かあってもシャーノが教えてくれるだろう。
そうして30分ほど歩いた。
「何もいないな。」
「“シャナワース”どころか動物一匹、魔物一匹いないんだよ!」
そう、それがこの森の異様さを構成しているうちの1つだ。普通の森ではあり......え............
「メルト!?メルト!どうしたの!?メルト!」
メルトが眠らされた途端、シャーノはいつもの口調を崩すほど焦っているようだ。無理もない。彼女は確かに魔力感知をしていたのだ。それなのに、“シャナワース”はやすやすとメルトに魔法をかけた。
“安心して下さい。眠らせただけですよ。”
......何?
この声は一体......?
「あなたは......誰?私が見えてるの?」
“私はリーリーと申します。今の見た目は白猫ですね。上を見上げてください。”
上......だと?
上を見上げると、木々の隙間に白猫が一匹見えた。その白猫はすっと飛び降り、シャーノの目の前で“にゃー”と鳴いた。
「リーリー......?」
“そうです。私はリーリー、種族は......“シャナワース”の亜種とでもお考えください。”
「あなたの目的は何?どうして私を眠らさなかったの?」
“あなたは精霊です。この魔法は対人間以外には無効、そのため眠らさなかったのではなく眠らせなかったのです。”
「目的を言ってないよ。」
“これは失礼。私の目的はご主人を見つけること。そのために強敵となって強い冒険者が現れるのを待っていたんですが......それも今回で見つかりました。”
「どういうこと?」
“あなた方にぴったりとくっついていたそこの方ですよ。いい加減出てきたらいかがですか?”
白猫が僕のを見た気がする。......まさか、気のせいだよな......?
“出てこないのですか?”
いや、確実に僕を指しているらしいな。仕方ない、出て行こうか。
「あー分かったよ。これでいいかな?」
“やっと出てきてくださいました、マイマスター”
白猫は僕に向かってペコリと頭を下げた。
「僕は君のご主人になった覚えはないんだけどな。」
「あなたは......?」
僕が抗議していると、シャーノ困惑顔で僕の方を見ていた。......そういえばずっとストーカーやってただけだからあっちはこちらの情報を知らないんだな。
「僕はフレン、ただの異世界人だよ。」
「異世界人......?もしかしてメルトと同じ......!?」
「そうだな。」
“マイマスター、私のことは放置ですかーあーそうですかー”
あ、リーリーが拗ねちゃったな。よく分からないが、こいつは完全に気配を消して眠らせてくるような危険なやつだ。一応ご機嫌を取っておこうか。
「ごめんごめん。リーリー......だったか?なんで僕を主人に選んだんだ?」
“あなたがイレギュラーだからですよ。”
「イレギュラー?」
“ふふふ、まだあなたに説明するのは早いです。”
どういうことだ?
こいつは僕が知らない何かを知っているということか?
“信じられないですか?でしたら......”
リーリーは僕の方は歩いてきて、耳元まで近づいた。そして......
“サクシャ......と言えば伝わりますよね?”
「......っ!?」
なんでこいつがサクシャを......?
“なんでこんなやつがサクシャのことを......とか思いました?”
......完全にバレてるな。
“理由が気になるのであれば、私のマスターになっていただけますね?”
「......仕方ないな。いいよ、リーリーのご主人になってやる。」
“ありがとうございます。”
リーリーは僕の腕に飛び込んできた。
“今回はこの方を連れてきていただいてありがとうございました、シャーノさん、メルトさん。ただシャーノさん、このことは他言無用でお願いします。メルトさんにも伏せて頂ければ嬉しいです。”
「あの......今眠らせている人たちはどうするの?」
“もちろん魔法は解いておきます。......あ、そうそう、あなた方はおそらく私を討伐しにきたのですよね?では、これを。”
リーリーはいつのまにか何かを咥えていた。
「それは......?」
“これは私の耳です。私の体はすぐに再生するので、これを渡しておきます。“シャナワース”の討伐証明ぐらいにはなるでしょう。”
「ありがとう......?」
“では、マイマスター、少しだけ私に付き合って頂けませんか?”
「僕はこいつらの後をつけたいんだけどな。」
“いいじゃないですか。用事といっても彼らのためでもあるんですよ。”
「詳しく聞かせろ。」
そうして僕とリーリーはその場を離れた。シャーノはこっちをずっと見ていたようだった。




