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第6話 第二章 ―迷走― 2

 ひなたはこうしてはいられないと、立ち上がってケータイの画面を覗き込んだ。頼れそうな友達に電話をかける。

「この電話は現在使われていないか、電波の届かない所に、もしくは電源が切られています」

 返ってきた言葉はそれだった。機械的な女性の音声で。

「あれ? アケミさっきまで教室でケータイいじってたよね」

 違う子の番号に掛けてみる。

――きっとヨシエなら。

「この電話は現在使われていないか、電波の届かな……」

――え?

 ひなたの心に一抹の不安が過ぎる。

――サユリは? マリエは? アヤカは?

違う子の番号を再び掛けなおす。

「この電話は現在……」

――えええ?

 その後、数人の友達に電話をかけたが、ほとんどが同じ機械音の返答が返ってくるか、もしくは一向に出なかった。ひなたはケータイを折りたたむと、おもむろに炎上している駅を見上げた。

「まさか……」

 友達のケータイがみんな揃って音信不通になるなんて事があるだろうか。みんなシンクロして一斉に電池切れなんて現象があるのだろうか。男も女も、電話に出ない。そんな事があるのだろうか。

 偶然電車に乗っていて、駅の爆発炎上に巻き込まれた? それとも皆、しーさいど桜ヶ崎に遊びに来ていて偶然みんな仲良く揃って人質として捕まった? ひなたは最悪の状況を予想した。この線路は学校の大勢の人達の足になっているし偶然乗っていたというのも十分考えられる。しーさいど桜ヶ崎もこの地域では一番大きな商業施設であり、学校帰りに遊びに来ていたとしてもとしても何ら不思議ではない。ひなたの顔から血の気が引いた。

「イヤだ、そんな……」

 腰が抜けそうになった。へ垂れ込みそうになった時、左手に持ったケータイがぶるぶると震えた。顔面蒼白なまま、ひなたはケータイを広げる。そこに出ていた名前は、『日立 海斗』。先ほど電話しても出なかったのは、たまたまだったのだろう。恐らく着信が入っているのを見て、掛け直してきたのだ。

 ひなたは急いで通話ボタンを押した。こすり付けるくらいの勢いでケータイを耳に押し当てる。

「海斗君!」

 必死な声でひなたは名前を呼んだ。海斗は冷静に聞いてくる。

「神崎、さっきしーさいど桜ヶ崎にいなかった? まさか、さっきテレビ出てたのって神崎じゃないよね……?」

「あたし、あたし……」

「落ち着けよ、答えてくれ」

 ひなたは震える声で答えになってない答えを言った。

「助けて、海斗君……」

「やっぱり、そうだったのか」

 助けての一言で状況はある程度理解できたようだった。

 海斗もまた、他の友達に電話して繋がらないのを不審にでも思ったのかもしれない。

「テレビの犯行声明、見たよ。半径三百メートルには近づけない。少し離れた所で落ち合おう。話はそれから」

「うん、ありがとう……。あたし、心細くって」

「泣くなよ」

 たった一言放ったその海斗の言葉が、妙に頼もしかった。

「しーさいど臨海公園の噴水で、待ってるね……」

「すぐに行くよ」

 電話は切れた。

――良かった、海斗君は無事だった。

 ひなたは安堵した。やっと繋がった相手。協力者が現れた。これで何とかなってくる気がした。

 しーさいど臨海公園は、駅から五百メートルほど離れた場所に位置している。近未来的な不思議な球体のオブジェを中心に、噴水広場やアスレチックフィールド、芝生エリアなどが広がり、憩いの場所として市民にも愛されている巨大な公園だった。臨海公園の文字通り、すぐ側には東京湾が覗いており、しかも割りと綺麗に整備された浜辺となっている。夏場は海水浴すらも出来てしまうほどの万能な遊園場だった。

 今日は平日のため、子連れの母親などを多く見かけた。旦那さんが仕事している最中、子供の暇を潰すため、そして主婦同士の交流を深めるために訪れているのだろう。

 ひなたは約束した噴水広場にあるベンチに腰掛け、海斗が到着するのを待った。恐らく趣味にしているバイクでやって来る事だろう。

時間が長く感じる。いつの間にか足を組んでいた。

「やぁ」

 声がかかる。うるさい排気音を立てて、赤い装飾の中型バイクが目の前までやってきた。

「海斗君……」

 海斗はフルフェイスのヘルメットを脱ぐ。頭を左右に振り、固まった髪の毛をほぐした。キーをバイクから抜き、ポケットに仕舞うと、早速ベンチの隣に腰掛けてきた。ちょっと間隔を開けて。

「神崎、なんか大変な事に巻き込まれたみたいだな」

 ストレート、だけどツンツンで降ろした黒髪の海斗。真面目な好青年を思わせて、私生活ではバイク好きと、けっこう大胆だったりする。

「うん……」

 ひなたの心に、ふと新宿先輩が殺された場面が浮かんだ。恐ろしい銃声、すすり泣くさとり。さとりも捕まった。友達が音信不通になった。不安でいっぱいだった。

「新宿先輩、死んじゃった……。さとりもしーさいどで捕まって……、あたし、あたし……」

「落ち着けよ!」

 頭を抱えて、今にも重圧に潰されそうなひなた。海斗が肩に手を掛けると、力無く海斗の胸に倒れ込んだ。

「お願い、助けて……。あたし一人じゃ無理なの。強がっても無理なの……」

 ひなたの体は、冷たかった。恐らく冷たい風にさらされただけではない、心身ともにやられている。少し休ませる必要があった。

「何か食べに行こう、まだ昼飯食べてないんだ」

「あたしも……」

「少し落ち着けよ。何か食べて元気つけないと、どうしようもないよ」

 海斗は冷静な様子で肩を貸し「ほら」と言ってひなたを立たせた。 海斗のバイクに乗ったのは、これが初めてではなかった。というか、何度も乗せてもらっている。普段からけっこう一緒に遊んでいたから。このフルフェイスのヘルメットも、何だかひなた専用な感じになっていた。

「何食べたい?」

「ハンバーガーがいいな」

 即答した。海斗は笑って答えた。

「神崎ってハンバーガー大好きだよな。あの豪邸の杏条家の屋根の下で暮らしてるのに、神崎と遊ぶとやっぱり庶民なんだなあって感じるよ」

「なんか、バカにされてる気がするよ……」

 背中に抱きつきながら、スネたように首を横に曲げる。海斗は軽く「ごめんごめん」というと、アクセルを一つ吹かせた。

「じゃ、いつもの所でいい?」

「うん」

 確かに、彼女はハンバーガーが大好きだった。昔父と二人で暮らしていた時、時々出来た唯一の贅沢がハンバーガーを食べに行く事だったからだ。杏条家と養子縁組をし、お小遣いをもらえるようになり、令嬢であるさとりの計らいもあって多少の贅沢は許されるようになった。だが、未だに当時からその点は全く変わっていなかった。

「ちなみに海斗君は何が食べたかったの?」

「僕は、牛丼かなあ」

 ひなたも吹き出して笑った。

「なんだ、海斗君だって庶民じゃない」

「牛丼をバカにするなよ? あの量であの味、あのコストパフォーマンス、最高のファストフードじゃないか。卵に味噌汁付きが僕は最高だと思ってるんだからな」

 怒っているというより、牛丼のありがたみを教え込むように、海斗は言った。一杯三百五十円の牛丼は、お金の無い男子学生などには人気メニューだ。だがあのオレンジの看板の店は男の店という感じがして、女の子が入るには少し敷居が高い。ハンバーガーと素直に言っておいて良かったと思うひなたであった。

 お返しにハンバーガーを語ってやるひなた。

「ハンバーガーだっておいしいよ! あたしの一押しはやっぱりアレ、エビっ娘フィレオだよ。エビのプリプリ感とタルタルソースのあの絶妙の酸っぱさが最高なんだから」

 すると海斗が皮肉っぽく返してくる。

「ああそういえば、『るんるんらー』って叫びながら、狂ったように踊ってる混沌ぶりがネット上で有名だね」

「それをゆーなっ」

 ひなたは眉をピクピクさせていた。何だか有名な動画投稿サイトで、ピエロのキャラクターがネタに使われている事を最近知り、あの店のハンバーガーが大好きで、常連客であるひなたにとっては複雑な心境なのであった。実際その動画の一部を見てみたら、彼女の心境の複雑さとは裏腹に面白かったようなのだが。

 何だか話している内に、ひなたの様子はだいぶ調子を取り戻しているようだった。声は知らず知らずの内にだいぶ明るくなってきていた。信号待ちでバイクが停止する。海斗は安心した様子で、ヘルメット姿で振り返った。

「安心した。元気出てきたじゃないか」

「うん、風に当たってたらちょっとね」

 風が冷たかったが、心地良かった。パニックを起こしていた精神にはいい薬になったようである。

「後もう少しで着くよ」

 信号が青になったのを確認して、海斗はアクセルグリップを握った。

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