番外編 最終章 ―存在を賭けた戦い― 13 Bad Ending
最終章12話目からの分岐ルートです。ご希望にお答えしまして、改めて執筆いたしました。
最も救われないバッドエンドです。ダークな終わり方なので、閲覧の際はご注意下さい。
番外編 ―存在を賭けた戦い― 13 Bad Ending
ひなたは何処かを歩いていた。良く景色を見ると、雪の降る幻想的な東京ユニバーサルランドだった。まるで十三年前のあの日のような。唯一現実とは違うのは、家族がいた。一緒に歩いていたのは、母の世良と、自分と同じ顔をした陽詩。そして、今は亡き父。ジェットコースターに乗り、食事をし、みんなが幸せそうに笑っていた。
――お父さん……。
さとりが、泣いていた。目を真っ赤に腫らし。右手に一本のナイフを持って。
ひなたはそれを見て、震える手を伸ばして笑った。さとりの頬を優しく撫でる。
「あたし、これでもう終わりだね……。ごほっ、たった……十七年の命だったけど、辛い事もいっぱいあったけど、生まれてきて……良かったよ」
さとりは、撫でてくるひなたの手に自身の手を重ねた。
「ごめんね……、ごめんねひなひな……」
「なんで、泣くの……? さとりは勝ったんだよ……?」
「嬉しくない! こんなんで勝ったって!」
ひなたの息が弱い。笑い顔を作るのも苦しそうだった。
「私、やっと気付いた。今になってやっと、ひなひなが大好きだった気持ちを思い出した! 傷付けて初めて!」
さとりの右手のナイフが震えた。こんな恐ろしいものをどうして、という風に地面に投げ捨てる。壁に串刺しになったひなたを、抱き締めた。
「あたし、幸せだよ……。最後の最後で、ずっと会いたかったお母さんも見つけられたし、ずっと好きだった海斗君と両想いだったの、わかったし……、好きだって言ってもらえた。せかいいちの、しあわせものだ、ね……」
さとりの抱き締める力が強くなった。
「あんたは……、あんたはその程度で幸せなの? もっと他に欲が無いの?」
「幸せだよ……。最期の最期で、色んなお願い、叶ったから……」
ひなたの手が落ちた。
「みんな、いるね……。お父さんも、エリカも、犬のたろうも……。新宿先輩も……。さとり、みんなの所に……いかせて……、このままじゃ、痛い……から……」
さとりは泣いた。すぐ側にあるナイフで、首を引っ掻かれれば自分の命は終わるというのに、ひなたは恐れなど無いように思えた。
この少女は、最期の最期で笑って見せた。自分の事を幸せ者だと言って。なんて、悲しい生き方なんだろうか。とてつもなく不器用な少女だった。
朦朧とする意識の中、何かがひなたの身体に覆い被さっていた。抱き付く格好で、力なく崩れ落ちる。
――なに?
目を開けると、そこにはずっと想い続けた彼がいた。海斗がいた。彼もまた、弱々しい吐息をして。
――かいとくんが、きてくれた……。
ひなたは震える唇で笑った。最期の最期に追いついて、抱き締めてくれた海斗に向けて。
だが、もう海斗は笑わなかった。閉じられた両の瞳は光を発しては居なかった。抱き締めた手は、するりと力なく落ちていった。いや、抱き締めていたのではなかった。守ってくれたのだった。背中からは、絶え間なく血が溢れていた。滴り落ちた命の欠片が、ひなたの足元までも赤黒く染めてゆく。
それでも、ひなたには分からなかった。意識も失いかけていた。彼女にとっては、死ぬ間際に最期に逢いに来てくれたのだという嬉しさしかなかった。既に、彼は息絶えている事すらも理解できず。
「なんで、あんたが刺されるのよ……」
さとりは混乱した声で、血の付いたナイフを右手に震えていた。ナイフにはおびただしい量の血がべっとりと付着していた。ひなたに止めを刺そうとした瞬間、目の前に飛び込んできた海斗をさとりは刺した。もう、めちゃくちゃだった。
海斗は最期の最期に、身を挺してひなたを守った。「生きてやり直せ」という言葉をさとりに残して。
ひなたは今にも閉じそうな瞳のまま、さとりを見つめ続けていた。
「ごめんね、ごめんね海斗、ひなひな……」
さとりは笑い泣きだった。もう後戻りできない所まで来てしまっていた。
「でも私、もうダメだよ。私の運命は、もう決まってるの。ひなひなを殺したら、私は後を追おうと思ってた。私に生きる選択肢は、もう残ってないの」
――だめ、さとり……。
さとりが首にナイフをゆっくりと押し付けた。粉雪の舞い散る天を見上げ、さとりはむせび泣いた。何を思って流した涙だったのか、それはひなたには分からなかった。
自分の不運を呪ったのか。
暴走の果てに、多くの人を不幸にした事実を嘆いたのか。
それとも全ての始まりだった、ひなたを一方的に憎んだ自分を慰めたかったのか。
「私、沢山殺した。罪の無い人達も大勢殺した。大事な人達だって傷付けた。もうダメだよね、ひなひな。私なんかが生きる資格は無いよね。だって、もう私の両手は血塗れ。生きて罪を償ったって、ただの大量殺人者よ。
今、やっと気付いた。本当に死ぬべきだったのは私のほう……」
その瞬間、ひなたとさとりの視線は一つになった。さとりの目は、優しかった。そして、さとりの唇は動いた。
『さよなら、楽しかったよ』
声は出ていなかった。唇の動きでさとりが言った事は分かった。
ナイフが動いた。
さとりは崩れ落ちた。硬く閉じた両目は、もう開く事は無かった。ひなたはそれを見届けると、無表情のまま、静かに目を閉じた。
雪は止んだ。雲は過ぎ去り、悲しみを全て取り払うかのような朝がやってきた。
輝くような日差しを浴びた三人は、いつまでも静かに眠っていた。




