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ひなたに、あたたかな陽だまりを。  作者: ふぇにもーる
終章 存在を賭けた戦い
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第46話 最終章 ―存在を賭けた戦い― 8

「ゲームオーバーだよ、さとり。あんたが油断してる間に、警官隊が突入準備をしてるから。もうすぐやってくるよ」

 さとりは珍しく緊張した表情になる。

「でも、他のフロアにだって私の仲間は居るのよ。人質もいるし、銃だって持っ」「へー、そう なんだ」

 ひなたは目付きが変わっていた。吹っ切れたようにふてぶてしい声でさとりに上から目線で言う。

「人質もいるし、銃だって持ってる? そうなんだ。だけど、あんたの知らない間に事態は変わってるんだよ」

 しーさいど桜ヶ崎は全体がドーナツの形に似ている。だから反対側の棟が窓ガラスを通して見えたりする。世良はその反対側の建物を指差した。

「何があるっていうのよ」

 人質は確かに大勢床に伏しているのが見えた。窓の造りの関係で腰から上の高さしか見えない。同じ一階部分ならそう見える。だが二階三階となると窓から中の様子は全く見えなくなる。

 だがそれを抜きにしてもおかしかった。しーさいど桜ヶ崎は壁で覆われている箇所はほとんど無く、腰から上の高さだが窓はぼぼ他建物全面に隙間無く設置されている。人質達が見えなくても、立って歩いている歩哨の姿は見えるはずだ。だが一階部分には犯行グループのメンバーは誰一人として確認できない。

「一階に仲間が居ない?」

 二階以上は見えない。雪に照らされた明るい屋上に目を向けると、何人かの人間がいて、急にバタリと倒れて動かなくなる様子がさとりの目からでも見えた。

「一階だけじゃないよ。きっと二階も三階も同じ」

 いつの間にか、犯行グループの連中が誰も居なくなっているようだった。気付けば、さとりの目に何か足りないものがあるように思えたようだ。

「そういえば、あいつは……? クローン陽詩は何処行った!」

 先ほどまでひなたの足元で倒れていた陽詩が、居なかった。ひなたと世良は相変わらず目の前にいるのに。

 さとりはようやく、気付くのが遅すぎた事を理解する。

「あいつか。あいつが逃げたんだな!」

「陽詩は、あたし達があんたの注意を引いている間に脱出させたよ。あたしの意思をみんなに伝えさせるためにね。あんたはあたし達に背を向けながら熱く語ってくれてたし、隙だらけで助かったよ。ありがと。今頃はもう、陽動の作戦が終わって、警官隊突入の段階に入ってると思うよ」

「よ、陽動作戦ですって?」

 世良が答えた。

「最初にここに入ってきた時に、私に銃を突きつけていた歩哨がいたでしょう? あの人が、実は死んだ品川とは別に通信機を持っていたのよ。私はそれをこっそりと奪って陽詩に持たせたわ。他のフロアにいた犯人達は、品川が死んだのを知らないでしょうから。品川の声を真似て、外から号令を出して一時的に一箇所に集めさせて、一網打尽にする。この状況で犯人達を始末するにはそれしか方法が思いつかなかったの。恐らく今頃は、反対のB棟の屋上で、麻酔狙撃銃か何かでまとめて眠らされているでしょうね」

「犯行グループさえいなくなれば、後は警官隊が突入して人質の人達の確保と、真犯人のあんたを捕まえる事に集中できるしね。

 あたしはあんたが思ってるほど馬鹿じゃないよ。衰弱していたけど、陽詩も自力で歩いて外に出る事くらいは出来るって言って、協力してくれたし。地下研究所から出てくる時に、既にそういう作戦は二人で練っておいたんだから。今頃陽詩は、警察に保護されてるはずだよ」

 ひなたは三日ぶりに、頭に付けていた黄色のカチューシャを外した。頭をぶんぶんと振り、乱れた髪を整えると、カメラと盗聴器の付いた忌々しいそれを、思い切り床に叩き付けて真っ二つに割った。

「このカチューシャだって、良く考えればこんなブランド物簡単に買えるわけないよ。簡単に用意するだけの財力をなんで考えなかったかな、あたし」

 要するにその時点で、犯人はさとりではないのかという目星程度は付ける事は出来たのだ。

 ひなたと世良の淡々とした語りを聞き、さとりは笑った。

「くふふふ……」

 何かを悟ったような妖しい目付きで、小さく。そして吹っ切れたように笑い飛ばした。

「あはあはははははははっはっはっはーあーははははは!」

 振り返り、そこら辺を歩き回り、走り回り、何がおかしいのか腹を抱えて、涙を流しながら、壁を叩き、狂ったように笑い続け、咳が出てむせても、数分間の間笑い転げていた。

 ひなたはそれを無表情で見続け、遂におかしくなってしまったのかという風に、親友の成れの果てを見守った。

「あぁ疲れた。もう、いいかぁ……」

 さとりは笑い終わると、空ろな瞳を湛えた。光を失った黒い瞳は、感情が読み取れなかった。

「じゃ、さよなら」

 さとりが懐に手を突っ込む。再び手が姿を現した時、目を疑うものがさとりの手には握られていた。

――リモコン!

 ひなたは危険を察知し、走った。思い切りさとりに体当たりをする。さとりはよろめき、リモコンを投げ飛ばして倒れた。ひなたもバランスを崩してさとりの上に圧し掛かるようにして倒れる。

「痛い! 退きなさいよ!」

 さとりはひなたに乗られ、怒鳴った。リモコンは遠くに吹き飛んでいる。

「さとり、今なにしようとしてたの」

「どうせ捕まるなら最後にみんな道連れで自爆もいいかなーって」

「なに考えてんの! そんな事許されるわけないでしょ!」

「うるさい! 薬を飲まなきゃどうせ私は遅かれ早かれ死ぬんだ! だったら今死んだって同じだ!」

「馬鹿!」

 ひなたは一発平手打ちをさとりの頬にお見舞いすると、リモコンに向かって走った。

 世良は吹っ飛んだリモコンを見失い、奪おうとして探している。だがひなたは正確にリモコンの飛んだ先を目で追っていた。

――先にリモコンを奪わなきゃ!

 ひなたは走る。転がりながらリモコンを手にすると、どう対処すればいいか一瞬迷った。下手なボタンを押せば爆弾が暴発する危険がある。

――そっか、電池を抜いちゃえばいいんだ!

 リモコンを裏返し、電池蓋を開けた。単三電池が二本。これを引き抜いて捨ててしまえばリモコンは機能を失うはずだった。

「コラアァァ!」

 後ろから迫ってきたさとりに、首を羽交い絞めにされた。右手で首を絞められ、ひなたは油断して左手に持っていたリモコンを奪われた。

「このまま殺してやろうか! ひなたあぁ」

 裏からリモコンを奪い、ひなたの首を両手で絞めた。

「ああぁぁ……」

 予想以上に強いさとりの力に、息が出来なくなる。ひなたはもがき、背に位置するさとりを弾き飛ばそうと暴れた。

「離しなさい!」

 世良がさとりの髪の毛を後ろからつかみ、一気に投げ飛ばした。

「この小娘が、私の子に手を出すなんて許さないわ!」

 投げられた拍子に、さとりは爆弾のリモコンを落とした。世良は素早くショットガンを構えると、床に転がったリモコンに向かって引き金を躊躇いなく引いた。

 炸裂音。リモコンは散弾により粉々に吹き飛び、使い物にならなくなった。これでもう、爆弾を爆破させる事も出来ない。

「さぁ今度こそ終わりよ! 杏条さとり!」

 もう邪魔するものは何も無い。ショットガンを続いてさとりに突きつけ、投降を促す。

 さとりは素早く起き上がる。敵意の篭った目で世良を睨み付けた。

「世良さん。そのショットガン、もう弾入ってないと思いますわよ」

「なっ……」

 世良は思わず引き金をさとりに向かって引いた。だがカチカチという音がするばかりで、弾は本当に切れていた。その隙に、さとりは素早く世良に飛び掛っていた。

「何をするの!」

 思わず構えたショットガンで叩こうとする世良。だがさとりはそれを白羽取りのように両手で受け止めると、力任せに世良の手からもぎ取って捨てた。呆気に取られる。

 さとりの素早い足が地を蹴った。獣のように世良に襲い掛かり、世良の服をつかみかかる。

「陽詩は後回しだ、お前を殺してやる。世良!」

 さとりの伸ばした爪が、世良の首筋を引っ掻いた。赤く染まった首筋から一筋垂れる。世良は右手で顔を庇い、引っ掻かれるのを避けようとした。だが隙を見せた世良の首筋を、さとりは両手でつかんだ。

「こんな愚かしい命なんかくれやがって。お前さえいなければ!」

 思い切り首筋をつかみながら、押し倒そうとするさとり。

 離れた所で首を絞められて朦朧としかけた意識に鞭打ち、ひなたは立ち上がった。母が首を絞められかけている。武器が無くても、さとりの力は強い。危険だった。

――お母さんが殺される!

「さとり!」

 力任せに地に伏せた世良の上に圧し掛かっているさとり。引き離そうとひなたが飛び掛った。世良もまた、さとりの力に対抗できずに首を絞められていた。片目を明けて苦しそうな瞳でさとりを睨み付ける世良。

 ひなたはさとりの服を背中からつかむと、思い切り引っ張って背後から投げ飛ばした。よろめくも、更に憤慨したさとりは肘を突き出しながら槍のように鋭いスピードでひなたに突進した。

弾丸のような肘打ちがひなたの胸に打ち込まれ、吹き飛ばされた。だがそれでもひなたは立ち上がり、さとりの両手を無理矢理つかんで壁に押し付けた。

 ひなたがさとりに抱き付いているような格好だった。だがさとりは般若のような顔でひなたを敵視している。

 両手が押え付けられている。それでもまだ、さとりは抵抗した。

「この豚女、離せ! 神崎世良を殺した後、お前はゆっくりとなぶり殺してやる。中学時代に血の滲むような筋力トレーニングをしたんだ、今でもそれは怠ってない。ひなた、お前なんかの力に私が負けるものか!」

 さとりは力任せに右手をひなたの手から引っぺがした。直後、全力と思しき拳が机を叩きつけるような勢いでひなたの背中を抉った。

「うぅっ……」

 呻き声を上げるも、ひなたは細い目でさとりを見上げ、歯を食いしばって耐えた。

「お母さん今の内に逃げて! さとりの本当の狙いはお母さんだから! あたしがさとりの足止めをする!」

 武器のショットガンが使い物にならない以上、運動神経の良いさとりは構わず暴力で来るだろう。世良をここで失っては、ひなたは何のために母を見つけたのか分からなくなる。ひなたは、自分の身を犠牲にして母を逃がす事を選んだ。

「逃げるのか、神崎世良! お前は私を裏切った! おばあちゃんを殺した! お前も殺してやる!」

 既にさとりの心境は常人では理解できるようなものではないと思えた。元々このような大事件を起こすほどなのだ、気が狂っているとしても不思議ではない。

 さとりは恐ろしいほど運動神経が良い。足も速いし、女としては力も強い。その上、ひなたでさえも初めて見るが、怒りが頂点に達した時の凶暴さは、まるで化け物だった。今がいい例である。ひなたはしがみ付いているので精一杯であった。脇腹に、腕に足に肘打ちや膝蹴りが叩き込まれる。ひなたは耐えた。

 今にも世良に向かって走り出しそうなさとりの手をつかんで離さない。左手を離さないひなたを、さとりは全力で蹴った。

「ひ、ひなた……」

 我が子が凶暴な女子高生に一方的に暴力を受けていた。だがそれは母を逃がそうとしている行為だ。

「早く逃げてぇお母さん! ごほっ。あたしは大丈夫だからぁ!」

 押さえつけようと力を込めてさとりの両腕をつかみ続ける。さとりは暴れ、手を引き離そうとしながらひなたの鳩尾に膝蹴りを入れた。

 世良は走った。ひなたは自分の身を挺して守ろうとしている。武器が無ければ、元研究者の世良は全く力も何も無い。一方的になぶり殺しにされるだろう。ひなたにとって、母を失う事が何よりも避けたい事なのだ。だから、そのためには自分を犠牲にして逃がすしか無かった。

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