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ひなたに、あたたかな陽だまりを。  作者: ふぇにもーる
終章 存在を賭けた戦い
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第43話 最終章 ―存在を賭けた戦い― 5

 さとりの案内した先は、バックヤードの一角にある壁だった。誰も不審に思わないであろう場所。モルタルで塗り固められているそれは、何の変哲も無いごく普通のショッピングセンターのバックヤードなら、当たり前のような壁だった。

「こんな所に何の用があるの」

「まぁ見てなさいって」

 さとりは笑顔で案内をする。壁のある場所を二箇所同時に押すと、ぽっこりと凹んだ。すると壁からスイッチが出てきて、それを軽く押す。すると壁の一部分が凹み、扉が現れる。さとりは鍵を取り出すと、その扉の錠に差し込んで回した。

「こんな所に隠し扉があったんだね」

「そりゃあねー、普通に扉置いといたら怪しむじゃない」

 世良は無言のまま、ショットガンをさとりに突きつけ続けている。

銃口の冷たい感触が嫌なのか、背中が気になる素振りをしながらさとりは手を伸ばした。

「この階段を降りた先よ。行ってらっしゃい」

 ひなたは扉の先を見つめた。真っ暗な地下の階段。全てを飲み込んでしまいそうなほどに恐ろしげな闇が広がっていた。一歩先ですらまともに視認が出来ない。

「鍵は預かるわ」

 世良はさとりから鍵を受け取る。勝手に閉める事は出来ない。ひなたは勇気を出して、一歩を踏み出す。

 確実に一歩ずつ、ひなたは階段を降りた。長い長い階段。人二人分くらいが通れる幅の階段は、どこまでも続くと思われた。心臓が早鐘のように鳴り続けている。壁に付いている手は季節外れの汗で少し滑った。

 やがて、平坦な通路に出た。明かりは少しだけ点いている。剥き出しの蛍光灯がバチバチ言いながら、火花を散らしている。だが足元までは照らせず、周りを少々明るくする程度だった。

ひなたは壁に手を付きながら、一歩先を確認してゆっくり進む。

――寒い。怖いよ、ここ……。

 何かの怨念のような、身体に纏わり付くようなべっとりとした空気が漂っている。冬だというのに、乾燥どころか湿気だらけだった。手を付いている壁も、ゴミだか汚れだか苔だかが分からない、ぬめぬめとした気持ちの悪いものが一面にびっしりと付着している。どうやら破棄された研究所というのは本当のようだった。今も使われているのならば、こんなに施設が腐食するまで放ってはおかない。

 数分間通路を歩き、やがて扉が現れた。観音開きの金属製の扉だった。鍵でも掛かっているのかと言った具合に試しにひなたは軽く扉を押してみると、錆付いてはいるようだったが意外とすんなりと開いた。

「うわ……」

 中に入ると、まず最初に異臭が鼻に付いた。何かが腐ったような臭いが一面に充満している。だがまだまともに呼吸は出来るレベルだった。

 明かりはあった。どうやらまだ電気が来ているらしい。カバーの割れた蛍光灯がいくつかやはりバチバチ言いながら研究施設内を照らし、同じく剥き出しの白熱電球が一つ天井からぶら下がっていた。

 壊れたコンピューター。束になっていたコードが引きちぎられ、床に散乱している。ディスプレイは何かで叩き割られており、キーボードは触る気が起きないほどにカビで腐食している。何に使うのか分からないほど古ぼけた計測装置。これまた動きそうにはない。

部屋の中央には巨大なシリンダーが設置されており、かつてはここで何か動物クローンの研究体でも入っていたのだろう。今では割られており、使う事は出来ない。もしかしたらここでヒトクローンを研究していた過去もあったのかもしれない。

 確かにそれを考えたら、一般人には見せるわけにはいかない設備の残骸が残っていた。地下にあるのだから、このような危険な施設を撤去のために莫大な費用をかけるよりも、その上に建物を造って埋めてしまった方が、奇抜な考えだが効率が良かったのかもしれない。

 部屋をいくつか開け、進む。かつては研究に使われていたと思われる施設がいくつもあった。巨大な水槽などもあったし、仮眠室などもあった。だがどこも腐食が進んでおり、まともに居つく事など到底出来そうに無い。

 さとりは一体何を考えて入って来いなどと言ったのか。選択肢は与えられていたものの、あれは明らかに入れと言っていた。この中に何があるのだろうか。その答えは未だに見つからない。

 腐食のせいだろうか、悪臭がだんだん酷くなっていた。生ゴミが腐ったような臭いやら、生き物の死骸が腐ったような臭い。果ては何だか糞尿のような汚物のような臭いすらも漂ってきているように感じられた。時折吐き気に似た感覚を催し、うずくまる。だがここで倒れるわけにはいかないと、再び足を踏み出す。

――酷い臭い。息が苦しい……。

 部屋を進む毎に臭いは強烈になる。やがて、研究施設の最深部と思われる部屋の入り口に辿り着いた。全ての部屋を回り、それでも何も見つからなかったら、さとりの言いたい事は……。

――そんなわけない。気のせい……。

 嫌な予感をムリヤリ頭から追い出し、ひなたは最後の扉に手を掛けた。心臓がバクバク言っている。冷や汗が背中に垂れた。こんなに寒いのに。

 意を決して扉を開け放つ。中からひんやりとした空気と共に、呼吸が苦しいほどの悪臭が溢れ出してきた。

「げほっげっほ、ごほぉ……」

 臭いと咳で涙が溢れた。壁に手を付き、ゆっくりと進む。だが何か今までとは違うものをひなたは感じ取っていた。何かがこの空間に存在しているような、そんな生き物の気配が感じられた。この空間に、ひなたとは別の何かが。

「誰かいるの?」

 返事は無い。だが何か物音が部屋の奥からした気がした。奥へと進む。床に散乱している段ボール箱を蹴飛ばし、進む。

 コンテナのような箱が沢山積まれて壁のようになっていた。気配がするのはその裏のようだった。ひなたは出入り口のようになっているコンテナの隙間から奥へと入り、曲がった。

「なっ」

 檻があった。巨大な鉄製の。人が一人や二人は簡単に入れるほどの大きさの。粗い目の格子が頑なに閉ざす。その中には、何かが居た。

「人、間……?」

 うつ伏せに倒れていたのは、人間だった。しかも、生きている。長い黒髪をした少女のようだった。表情は見えない。こんな肌が凍りそうになるほどの冷たい場所で、悪臭が漂う場所で、ボロボロの白いワンピース一枚に裸足で。

 少女は起き上がる体力も無いのか、衰弱しきっていた。小さく呻くような声を時折上げるばかりで、生きているという反応以外は何も出来ないようだった。

「だ、大丈夫?」

「ぁ……ぅ……」

 左手が動いた。指が微かに動く。

――なんで、こんな酷い事を。

 恐らくさとりが閉じ込めたのだろう。こんな人が生きるような場所ではない地獄で、この研究施設と共に生き埋め同然で放置されていたのだ。ひなたは憤慨し、少女を助けるために檻を壊せそうなものを探した。

「待ってて。今助けるからね!」

 部屋の中を見回す。唯一檻を壊せそうなものは、頑丈な金属製の椅子だった。丁度、檻は鉄製といっても安っぽそうな細い棒の集まりだ。何か硬い物で殴り続ければその内壊れるだろうと思えた。

 ひなたは椅子の足の部分を持ち、勢いをつけて鉄格子に向かって殴りつけた。金属音が響く。椅子を伝わって手に痺れるような痛みが来て、ひなたは椅子を落とした。

「諦めない……!」

 気を取り直し、何度も何度もひなたは椅子で殴りつけた。激しく火花が散る。女の力では辛いものがあり、何度も肩で息をしながら、ひたすら殴った。人一人が通れる幅が出来ればいい。ひなたは必死になって歯を食いしばって殴った。

 一本が折れた。続けて二本目も折れる。あと一本折れれば通れる隙間が出来そうだった。鉄の棒は既にひしゃげている。あと一歩だった。

「折れて!」

 この子を助けなければならない。誰に命令されたわけでもない。ひなたはそれを自分の使命であるかのように、腕が悲鳴を上げ続けても殴るのをやめなかった。

 鼓膜を刺激する音が響き、鉄の棒は折れて吹き飛んだ。耳には残響が残っている。ひなたはそれを収まるのも待たずに、椅子を放り出して少女に向かう。

 ふと少女の隣に、何か大きな袋が置かれていた。大きなオレンジ色をしたその袋には、舌を出した柴犬の写真がプリントされていた。

薄闇で見づらいが、間違いなくドッグフードだった。ひなたもスーパーのコーナーで見た事があったパッケージだった。名前には『わんこのごちそう』とある。十キロ入りで七百九十円。ドッグフードとして最低ランクの餌だった。友達の家の犬が、安いからといって食べさせられていて、犬ですらも最初は嫌悪感を示すほどの臭いであるらしい。栄養は取れるからいいという理由で。

「ま、まさか、これを食べさせられてたの……?」

 人間の扱いではなかった。ペットだった。この少女は人間としてすら見てもらえていないのだ。家畜同然の扱いを受けているに等しい。

「さとり……」

 杏条さとりの闇の一面。それはこんな所に現れていたのだ。弱者を弄び、いじめ抜く。どこから連れてきた少女なのかは分からないが、とにかく助けなければならない。

「さ、もう大丈夫。こんなトコにいちゃダメだよ、早く外に出よう!」

 少女は衰弱しきっていた。このまま放って置いたら命すらも危ないだろう。ひなたは壊れた檻から、両の脇の下に手を掛け、少女を引っ張り出す。長い髪が顔を覆っていたが、ようやく、その素顔を見る事が出来た。

「あ……」

 力なく垂れた首を、少女は自力で起こす。弱々しく、つぶらで幼さを残す瞳をした、美しい少女であった。少女は助けてくれて嬉しいという風に、こけた頬で精一杯の笑顔を作った。だが、その顔は。

「なんで」

 ひなたの目が点になった。次第にそれは怯えになり、悲しみに変わる。

「ありがと。やっと迎えに来てくれたね、ひなた……」

 長い髪を掻き分ける、腰辺りまで伸びた黒髪が、捕らえられていた年月を感じさせた。。

「なんで、捕まってるの? なんで?」

 ひなたの目から、一筋の涙がこぼれた。無意識の内にこぼれた涙は瞳を曇らせ、少女の顔を見づらくした。

「なんで、あたしがここに捕まってるの?」

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