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ひなたに、あたたかな陽だまりを。  作者: ふぇにもーる
終章 存在を賭けた戦い
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第41話 最終章 ―存在を賭けた戦い― 3

 人間の命というのはこんなにも簡単に終わってしまうものなのだろうか。ひなたの気付いた時には、既にエリカは虫の息であった。ほとんど身じろぎしない。倒れた体の下からは鮮血が流れ出ている。

「エリカ!」

 友達のリョウコが叫んだ。だがエリカはもう動かなかった。歩哨が威嚇のようにリョウコにも銃口を向ける。動いたら撃たれる。

 悔しそうに涙目で、リョウコはその場に崩れた。

「なんで、そんな簡単に殺せるの……?」

 起き上がろうとしたひなたの前に、品川が立ち塞がった。何かが突き出される。ショットガンだった。

「お前はどっちみち、事件の全容を知っている。生かしておくわけにはいかない。もう役目は終わった」

「やめて……」

 仰向けに倒れたまま怪物のような男に睨み付けられ、目と鼻の先にはショットガンの銃口が牙を剥いている。文字通り蛇に睨まれた蛙の如く、ひなたは襲い来る悔しさと死に際の痛みに恐怖して目を瞑った。

――殺される……!

 こいつは間違いなかった。殺す事にためらいを感じるような人間ではない。ひなたの読みは甘かった。抵抗さえしなければ殺されないと思っていたのは大きな間違いだったのだ。

「俺はお前のような女が大嫌いだ。音声と映像はずっと見ていた。悲劇のヒロイン気取ってやがって。楽しんでるんだろ、周りがいい扱いしてくれるのを」

「そんな……、あたしはそんな事してない!」

 さとりが無言で睨み付けていた。

「あたしは悲劇のヒロインになんかなりたくない!」

「うるせえ、黙れ! 死ね!」

「イヤァ!」

 ひなたは逃げようとする。だが腰が抜けてしまい、立ち上がりかけて転んだ。死の恐怖。みっともなくうつ伏せに倒れる。スカートがめくれようがなんだろうが。

 ショットガンを両手で構えた。人質が騒いだ。「やめろ」、「その子は何もしてない」と。だが品川の指が引き金に掛かった。

「させないわ!」

 直後、世良が吼えた。肘で歩哨の顔面を打ちつける。怯んだ所に平手打ちを叩き込み、アサルトライフルを奪った。

「らあああああああ!」

 ライフルを両手で構える。冷静な世良からは想像もできない声が吐き出される。連続的な破裂音は、品川の身体を撃ち抜いた。

「ぐおお!」

 血飛沫が上がる。引き金に掛けられていた指が反動で引かれる。体が飛び上がって回転し、耳をつんざくような音を発してショットガンの弾は壁を大きく抉っていた。ひなたに向いていた銃口はあらぬ方向へと向いたのだ。

「この女!」

 怯んだ歩哨が後ろから体当たりをし、世良をよろめかせる。銃を遠くへと投げてしまった。

 だが世良はよろめいた勢いでそのまま背を低くして走り、銃で撃たれて怯んだ品川の懐へと突進した。いくら巨漢の大男でも、銃撃されて弱った所へ体当たりされたら、倒れるだろう。案の定、品川は仰向けに倒れ、ショットガンを手放した。

 血塗れになりながらも、品川はタフな体力で起き上がる。右肩と腹を撃たれていた。

 世良は転がり、ショットガンを手に取った。無我夢中で、構える。品川が飛び掛ってきた。銃を取り戻そうと。鬼のような形相で、世良に覆い被さるような格好で、大の字になって。

 世良は再び吼えた。仰向けの格好で、天井から降ってくる品川に向かって。

「だああ!」

 ショットガンの散弾が火を噴いた。品川の身体を下から突き上げるようにして。身体が吹き飛ばされる。飛沫のような血を吹きながら宙を舞い、品川の巨体は力無く離れた所へと落下した。

 品川の右手は、肘から下が無くなっていた。絶え間なく鮮血を垂らしながら苦悶の声を上げている。世良は起き上がり、ショットガンの銃口を、武器を失った歩哨へと向けた。

「大人しくしなさい!」

「は、はい……」

 歩哨は抵抗をやめ、両手を上げる。

「お母さん、危ない!」

 品川がまだ立っている。右手を失って、ショットガンの弾を腹に浴びながらもまだ生きていた。左手には、小さな拳銃が握られていた。

「ククク、お前ら全員道連れだ! 殺してやる!」

 さとりの目付が変わった。何か焦るように。だが何も言葉は出ない。銃を世良に向け、指を引き金に掛ける。

「やめて、お母さんを殺さないでぇ!」

 腰の抜けたひなたは叫ぶ事しか出来ない。世良は気付いたものの、逃げる反応が遅れた。ショットガンを構えても向こうの方が早い。

 離れた所にいる母を助けようと、何か使える物が無いか咄嗟に視線を走らせる。

 床に何かが落ちていた。ウサギの形をした、握り拳大の焼き物の人形。一昨日、しーさいど桜ヶ崎の来館者全員サービスで配っていたものだ。ひなたはそれを四つん這いになりながら手に取り、思い切り品川に向けて投げ付けた。

 側頭部にウサギ人形は命中する。頭をバットで叩き殴るようなすさまじい衝撃と共に品川は悶絶し、倒れ込んだ。

「いってええ!」

 拳銃は手放した。離れた所に品川はいたが、偶然にも近い形でひなたの放った人形は命中した。

 品川に当たった後、人形はその近くへと落下して止まった。そして、皆は目を疑った。次の瞬間、人形は凄まじい地響きのような音を立てて爆発した。凄まじい爆炎を上げ、火薬は少ないと思われたが、インフォメーションセンターのカウンターを粉々に吹き飛ばしていた。品川は既に息が無かった。黒焦げに焼かれ、絶命した。

 人質の一人が怯えたように声を上げた。

「お、おい、まさかこのウサギの人形、全部爆弾なのか!」

 その人質の男のバッグから、ウサギの人形が出てきた。

「冗談だろ、ふざけんなよ!」

 友人と思われる男も、隣で人形を取り出した。皆も急いで、バッグからウサギを取り出す。

「おい、ヤベェよ! 俺達みんな、爆弾を配られてたんだ! 捨てろ! 爆発するぞ!」

 男が叫んだ。主婦も学生も、皆が窓を突き破り、中庭へと爆弾ウサギを投げ捨て始めた。誰も居ない階段状となっている中庭で、次々に爆炎が上がる。この三日間、全く暴動が起きなかった事で爆発しなかったのだろう。恐らく、他の所にいる人質も皆、この人形を配られている。しーさいど桜ヶ崎の中に、総数でどれだけの爆弾が存在するのか全く分からなかった。予想以上に事態は深刻だった。

「ていうかよ、何で俺達爆弾を配られていたんだ。あのウサギはしーさいどの方で配ってたものだろ。しーさいど自体がこのテロを起こしたってのか? 訳わかんねえ」

 金髪の不良臭い男が愚痴を漏らす。確かにそうだと、周りは言った。

「きっと」

 さとりが言った。

「誰かが持ち込んだのよ。今日配る事を予定していた元々のキャンペーン品とすり返るなりして」

 ずっと黙っていた杏条さとりの声を久々に聞いたひなた。懐かしい物を見るかのように、口元をほくそ笑ませた。

「誰なの? 私達をこんな目に遭わせたのは! 出てきなさいよ!」

 涙目で叫ぶさとり。少々オーバーなのではないかと思われる声に、周りの人達は黙った。

「さとり……」

 ひなたは、立ち上がってさとりに近づいていった。

「ひなひな、ありがとう……。みんなあなたのお陰よ」

 茶髪のミディアムヘアがぼさぼさになっている。三日間の篭城事件に巻き込まれて、人質達は疲弊しきっていた。それはさとりも例外ではない。

「やっと見つけたよ、お母さんを。十三年ぶりに」

 世良はショットガンを右手に持ちながら、少し離れた所で佇んでいた。歩哨がいつ裏切るか分からない。隙を見せたら反撃されるかもしれなかったからだ。

「そうみたいね。辛かったでしょ? この三日間」

「うん……。でもあたし、みんなを助けたかった」

 だが、エリカは助けられなかった。すぐ隣で、うつ伏せになって息絶えている。顔はひなたの方に向いていた。メガネが良く似合う子で、普段は勉強に対してとても真面目に取り組む女の子だった。メガネは弾き飛び、レンズが割れて転がっている。もう動く事の無い両目からは、死ぬ直前に流したのだろう涙が垂れており、無念の瞳はひなたを見つめ続けていた。

 ひなたはそれを見ると、エリカに寄り添って静かに泣いた。ひたすら「ごめんね、ごめんね……」と呟き続けて。懐から皺くちゃのハンカチを取り出すと、エリカの涙を拭い、両目の瞼を閉じた。

 皆は、何も言わず頑なに見守った。若くして散った少女の命を笑う者は誰も居なかった。

 さとりは、背中からひなたに抱き付いた。

「もう泣かないで、ひなひな。終わったのよ、全て。後は警官隊が突入して、他のフロアの犯人達を」「なにが?」

 ひなたは、背中越しに聞き返した。

「一体なにが終わったの? さとり」

「え……?」

 予想もしていなかった答えだったようで、さとりは目を点にした。

ひなたの背中は震えていた。左手を強く握り、何かを堪えるかのように。

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