第40話 最終章 ―存在を賭けた戦い― 2
民間人の囲いを抜けると、ひなたは変な光景に首を傾げた。民間人と思えるが、異常に落ち着いた集団の男達がいた。
全員が私服姿に身を包んでおり、一見無造作にその場にいるように見えるが、良く見ると隊列らしきものを組んで整列している。単に民間人が並んでいるようなものではない。何か組織立って動いているようなそんな感じだった。しかも欠伸などを漏らしている者もいるが、気配に隙が無い。襲い掛かろうものならば瞬時に切り裂かれて返り討ちに遭いそうな屈強な男達。皆、鋭い眼光をしている戦闘集団のようであった。警官隊なら装備もあるはずだが、それは見えない。もしかしたら隠しているのかもしれない。
「……どういう事?」
脇を通り過ぎながら、ひなたは考えた。
――これ、まさか全員が私服の警官隊?
「ようやく辿り着いたようだな」
そこに現れたのは、海斗の父であった。分厚い黒いコートに身を包んだ海斗の父は、疲れているはずだがそんな素振りは全く見せずに、腰に手を当てていた。
「あ、海斗君のお父さん……」
ひなたはぺこりと頭を下げる。
「お疲れ様。その人が、君の母親かね」
海斗の父が後ろの世良をちらと見た。世良も頭を下げる。
「神崎世良と申します。初めまして。娘がお世話になったようで……」
「これはこれは。彼女は家族同然ですからな。お世話だなんてとんでもない」
何だかんだ言って、ひなたを気に入っているような海斗の父。偉ぶっているわけでもなく、萎縮しているわけでもなく、堂々とその場に居た。
「海斗はどうした?」
「ある人物からあたしを守ってくれました。時間を稼いでくれています」
海斗の父は強く頷いた。
「……そうか」
大丈夫だろうというような不敵な目付きで、海斗の父は笑う。まるで、無事なのが分かっているかのように。
「これから、行ってきますね」
「うむ。くれぐれも気を付けろ。……後でな」
『後でな』。その言葉は重要な意味を持っていた。恐らく、警官隊の手配に協力してくれたのは海斗の父だった。先日の件で痛手を負っている警察は、単体では動かないだろう。先日と違い、犯行グループに私服を着せて民間人のフリをさせている。犯行グループの目を欺き、何らかの合図で突入させるつもりでいるのだろう。さすがにひなた一人で全ての解決は無理があるため、事前に海斗がこの後警官隊の突入準備をするように動く予定を立てていたが、これでその手間は省けた事になる。心強い味方はまだまだいたのだ。皆が、ひなたを応援し、サポートしてくれている。
犯行グループが言った半径三百メートル以内に入ると、誰の姿も見当たらなかった。クリスマスの夜だというのに、煌びやかなイルミネーションも、ショッピングセンター前の広場で語り合う恋人達の姿も全く無い。ただそこには、雪が絨毯を形作っていた。誰にも踏まれた形跡は無い。噴水の女神像がうっすらと白いヴェールを被り、ただ虚しく水を流し続けている。その音だけが辺りには響き渡り、静寂の時にしか聞こえない音を感じさせた。
屋上に人影が見えた。恐らく犯行グループの一人だろう。肩からは重そうなロケットランチャーを担ぎ、進入してくる者達を捉えようとしていた。ひなたはその姿を確認すると、頭に付けているカチューシャに向かって叫んだ。
「聞こえる? 戻ってきてあげたよ! あんた達の欲しい人を連れてね!」
数秒後、ロケットランチャーを担いだ男は、肩から悪意に満ちたミサイル発射機を降ろした。間違っても普通は街中でバンバン撃つようなオモチャではない。そもそもこの日本の街にそれが存在する事自体がもう異常なのだ。
ひなたは、世良を連れてしーさいど桜ヶ崎の入り口へと辿り着いた。ここに入ればもう後戻りは出来ない。やるしかない。どれだけ真犯人を説得でき、警官隊による鎮圧へと導けるか、ひなたの腕前が全てであった。
入り口には一人の歩哨が立っていた。手には大型のアサルトライフルが握られている。すぐにひなたと世良は銃を突きつけられた。
「神崎陽詩です。戻ってきました」
「……連れてきたな」
ひなたと世良は両手を頭の後ろに組んだ。目出し帽を被った犯人達は不気味に視線を光らせ、銃の先っぽで二人の背中を突っついた。
「歩け」
二人はそれだけを言われ、館内へと入っていった。
――とにかく落ち着かなきゃ。落ち着いて状況を解決する糸口を探すの。
恐らく下手な抵抗さえしなければ命の危険はさほど無い。銃を向けていても、何百といる人質を、一人ならいいだろうという風に撃ってはいないのだ。連中も進んで人殺しをしたいわけではないだろう。
壁の時計をちらと見る。時間は二十四時の十分前。時間は間に合った。これで、『二十四時までに世良を連れてこなければ爆弾は爆破』というルールは潰れた。
一階を歩かされる二人。通路には人質達が三日間の篭城で疲れ切り、ぐったりとして捕まっている。それぞれに銃を構えた犯人達が見張りに付き、仲間がひなたと世良を連行する姿を見て小さく頷いた。
中にはその二人の姿に気付き、床に伏せながら視線を送る者も居た。ひなたは視線が合うと、強く見返してその場を去った。
食品街を抜け、雑貨屋の辺りに二人は連れてこられた。そこには、三日ぶりに顔を見た懐かしい仲間が居た。学校が終わった後、一緒に遊びに来たエリカとリョウコ、そして足を怪我して床に倒れている杏条さとり。
「ひなひな……」
友達はひなたの姿に気付く。隣にいる、良く似た顔の母親と視線が行ったり来たりしていた。多分、瓜二つと言って良いほど似ているせいなのだろう、皆が二人を驚いたような目付きで見ていた。
怪物のような大男、犯行グループのリーダー的存在と思われる『品川』が、食品街の方から一歩ずつゆっくりと地を踏み締めて現れた。
左手で握り寿司の大きなパックを鷲づかみにし、土気色をした右手で二、三個まとめて取り、大口を開けて貪り食っていた。その食べる姿が何とも汚らしく、並びの悪い歯の間から零れた米が服に付き、床に落ち、ボロボロの靴に踏まれる。
箒のような顎髭を揺らし、下品に笑う。瞳孔はエイリアンのようにぎょろりと動き、鼻をすする汚らしい音が辺りに聞こえた。そして、腰にベルトで結わえ付けて持っていた。三日前に新宿礼司先輩を殺した、血塗れのショットガンを。
――気持ち悪い男。
思わず目を背けたくなり、ひなたは視線を逸らす。品川はひなたの目の前までやって来ると、食べかけだった寿司のパックを床に投げ捨てた。床に米や魚のネタが散乱する。
――なんてやつ……。
食べ物を粗末に扱うその行為に、内心憤慨する。だが抵抗する事は出来ない。両手を頭の後ろに付けたまま、何も言えず、何も出来ない。
「大したものだな、本当に連れてきちまった。ガハハハハ」
ひなたは小さく言い返した。
「あたしは約束を守ったよ……。お願い、みんなを解放して」
さとりの視線が動いた。世良を一点に見つめる。考えの読み取れない無表情な瞳。
「間違いないな。親子揃ってソックリな顔してやがる。ここまで似てる別人はそうはいねえ」
品川も納得したように、世良を上から下まで眺めた。
「……いい女じゃないか」
世良は何も言わず、俯き加減であった。
「でもまあ、若い方には敵わねえか」
再びひなたに視線を戻す。親子揃って汚らわしいものから目を背ける。品川は面白くなさそうに舌打ちした。
「へっ、どいつもこいつも、俺を汚いものを見るかのように……。見ろよ、この顔。この体。女は愚か、男でさえも大抵の奴は怖がって近づかない。そりゃそうだな、こんな化け物みてえな巨漢で、熊みてえな顔だ。生まれた時から犯罪者顔だ。まともな人生なんざ歩めるわけがねえ」
品川は自嘲した。恐らく、彼も相応の人生を送ってきたのだろう。自分が嫌いで仕方ないのかもしれない。
だがひなたは同情も非難もしなかった。まるで関心が無いかのように。彼がそのような人生を送ったのは彼自身もまともに人生を歩むのを諦めたせいもあるのだ。幸せになりたいと願って努力すれば、なれる人だっている。
「お前、最後に何食ってきた」
品川は、ひなたに聞いた。ちょっと優しい声で。それでもドスの聞いた低い声。
「ドーナツ。かな」
「クックック……」
馬鹿にするように品川は笑った。
「そうか、残念だったな」
「なにが」
邪悪さの篭った声。優しい口調だが悪魔のような黒さが見え隠れする。
「もっとウマイ物食っておけば良かったのによ。ドーナツが最後の晩餐になるなんてな、安っぽくって笑っちまうぜ!」
品川の左足が動いた。瞬間、丸太のような太さの足がひなたの腹に叩き込まれた。
「ああああ!」
悲鳴を上げて両手で腹部を抱え込み、ひなたは仰向けに倒れ込んだ。男の本気の蹴りを受け、痺れて立ち上がれない。苦悶の表情が痛々しい。
人質達がざわめく。
「ひなた!」
「ひなひな!」
エリカが立ち上がった。我が身を省みず、友達の元へ走った。
「駄目よ!」
世良が叫んだ。エリカは言う事を聞かない。歩哨がライフルを構えた。
「ダメ……こっちきちゃ……」
銃声。エリカの絶叫が聞こえた。呆れるほど呆気なく、エリカの胸が撃ち抜かれる。ひなたの元へ辿り着く事は出来なかった。




