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ひなたに、あたたかな陽だまりを。  作者: ふぇにもーる
終章 存在を賭けた戦い
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第39話 最終章 ―存在を賭けた戦い― 1

   最終章 ―存在を賭けた戦い―



 全ての答えは揃った。長かった三日間の戦いに終止符を打つため、しーさいど桜ヶ崎へと車は突き進む。だが再びの吹雪が世良の車を襲った。まるで近づいてはいけない魔境かのように、神奈川県への道は遠い。

 東京ユニバーサルランドを出てから二時間半が経過していた。ひなたの腕時計は午後の八時半を指している。タイムリミットまで既に三時間半まで差し迫っていた。吹雪により交通事故が起きたらしく、高速を降りた所で渋滞に引っかかってしまっていた。まだ千葉県の真っ只中であった。木更津市には入っていたが、東京湾アクアラインまではかなり距離がある。この吹雪はかなり深刻であり、ワイパーを最大の速度で動かしていてもフロントガラスに積もるのが早い。視界は最悪だった。

「参ったわね……」

 世良はトントンとハンドルを指で叩いていた。落ち着かない様子で、しきりにペットボトルの水へと手を伸ばす。

 ひなたも渋滞で苛々しているらしく、小さく唸りながら首筋をしきりに触ったりを繰り返していた。

「お母さん。しーさいど桜ヶ崎に行ったら、捕まっちゃうかもしれないよ」

 世良は微笑した。

「あなたが上手くやってくれるのを願ってるわ」

――と言われても……。

 ひなたは複雑な心境で、暗闇の中に微かに映るコンビニの明かりへと目を移した。暖房を入れても酷く冷え込む車内。学生服のブレザーに首筋を擦り付け、スカートで冷える素足を手で擦りながらひなたはしのいだ。

――お母さん、さっき言った事は本当なの? だとしたらあたしは一体……。

 窓の外にしきりに目をやるひなたに、世良は気遣って声をかけた。

「少し休憩しましょう」

 ひなたは頷かなかった。ただ無言となった車内に、ワイパーの音だけが小さく聞こえていた。

 世良の車は、手近にあったドーナッツショップへと入っていった。黄色いカラーリングで統一された建物は温かみがあり、渋滞で苛立った心境を少し和らげたようだった。

 客は少なく、席に座っているのはまばらであった。クリスマスの夜にこんな所で日付の変更を迎えようとでも考えているのか、ダルそうにケータイをいじる若者の姿や、みすぼらしい衣服に身を包んだ、ホームレスのような老人の姿などがあった。

 二人は適当に軽食のドーナツをトレーに取り、飲み物を注文した。席に座り、窓の外を見つめる。吹雪で何も見えない。海斗は無事に綾瀬を退ける事が出来たのだろうか。ひなたのケータイの電池は既に切れていた。確かめる事は出来ない。

「それにしても、本当にわたしに良く似ているわね」

 ひなたの横顔を眺め、世良は言った。母親の目付きであった。我が子の成長を見守る瞳そのもの。

「あたしは、お父さんとお母さんから生まれた人間、だよね」

「え?」

 一瞬、世良は言っている事の意味が分からなかったらしく、聞き返した。

「あたし、お母さんのクローン人間なんじゃないかって思ったんだ。クローンの研究をしていたからって事から連想しちゃって。そう思い込んだら、怖かった」

「バカね。あなたは正真正銘の、わたしの子供よ。ただちょっと、似ているだけ」

 世良は右手で紙コップを持っていた。クローン人間なら利き手も同じになるのかもしれない。左利きのひなたはそれを見て、自分の左手を少々見つめた。だが利き手は成長の段階で決まるものと聞く事もあり、クローンだろうが何だろうが関係無いのかもしれないが。

「もし、あなたが万一わたしのクローン人間だったとして」

 世良は続けた。

「それでも、あなたはあなた。神崎世良が二人になるわけじゃない。例えわたしの体細胞を用いて造られたとしても、あなたは神崎陽詩なの。わかる?」

 晴れない笑顔を作り、ひなたは頷いた。

「もっと自信を持ちなさい。あなたはちゃんとした人間よ。お父さんとお母さんから生まれた子供」

「……うん」

 ひなたの心の底から笑えない理由は別にあった。先ほどからずっとしこりとなって居ついている感情。

「早く、さとりに会いたい。会って確かめなきゃ」

 コップを手に取り、一気に水を飲み干す。濁った感情を押し流すかのように、ひなたはドーナツにかぶり付いた。

「……そうね。わたしも、彼女には色々と貸しがあるから」

 夜が更けてゆく。

「もうすぐ、クリスマスが終わるね」

「そうね」

 二人はそれ以上話さなかった。



 車載ラジオから、しーさいど桜ヶ崎の生中継をするレポーターの声が響いていた。タイムリミットまで残り一時間を切り、人質達の安否が心配される声が終始スピーカーから雑音混じりで届いていた。どうやらしーさいど桜ヶ崎の周辺で、人質となった人達に縁のある人達が集まっているらしい。生中継をしているレポーターのマイクに向かって心配する人達や、人質の解放のために暴動まで起こしそうになっている人達。もう時間が無いのに、警察は何をやっているんだと怒鳴る声もあった。

 ひなたはラジオを聞きながら、募る焦りを抑えようと必死になっている。苛立ちで親指の爪を噛み、コツンコツンと歯の鳴る音が車内に聞こえる。

「酷い渋滞……」

 桜ヶ崎市内に入り、しーさいど桜ヶ崎へと詰め掛けた人達の車が、国道に溢れていた。約千人の人質達の縁者が、一箇所に集まってきているのだ。こんな状況は、普通ではとても考えられない。皆、事件の解決を望み、そして愛する者達が無事に帰ってくる事を願っている。ある意味、ひなたの味方である人達が逆にひなたを邪魔している結果を生み出していた。

 しーさいど桜ヶ崎に近づけば近づくほど、渋滞は酷くなる。遂に車は全く動かなくなり、国道の真ん中で立ち往生した。この国道をあと五百メートルほど進むとしーさいどに出る。だがもうここいら辺から路上にすし詰めのように車が停められて放置されている。何故警察はそれを取り締まらないのか。もしかしたら、しーさいど事件に関われない警察が昨日の爆破により、関わる事での報復を恐れているのかもしれない。

――もうなんだか、この三日間はなにからなにまで異常な気がする。

 元はといえば、しーさいど桜ヶ崎などにあの日行った事で、ひなたは事件に巻き込まれてしまった。さとりの言う事など聞かなければこのような事態になどならなかったはずだ。だが逆にそれでは、世良には一生会えなかったかもしれないが。

 事件に巻き込まれ、母と再会する。事件を遠巻きに見る立場で、窮屈な人生を送り続ける。どちらが本当に幸せな結末を迎えられるのかどうか、それは今は分からなかった。

「時間が無いわ、車をここに捨てて行きましょう」

 国道の真っ只中で、停める場所も無いまま車を降りる。何だか先日も似たような事をしてしーさいど桜ヶ崎へと向かったような気もするが、昨日と今回では事情がまるで違っていた。

――そう。事件を解決するためにあたしは行く。終わらせなきゃ。

 吹雪は収まり、緩やかに降り続ける雪。宵闇からちらちらと舞い散る白い雪は、桜ヶ崎の街を仄かに明るく照らしていた。

 やはり、先日と同じようにテレビ局のレポーターがいた。しーさいど桜ヶ崎の前にいる人達を映し続けている。そして案の定ひなたの姿を見つけるとカメラを向けてきた。一日ニュースは見ていないが、どうやらテレビ局の方では既にひなたの顔は知れ渡っているようだった。巨大な人質篭城事件の鍵を握る人物だ、報道機関が黙っているはずが無い。

 スーツ姿の女性レポーターがマイクを向けてくる。

「あなたが犯行グループに指名された女性ですね! 後ろに連れていらっしゃる方が、要求された女性という事でしょうか」

 ひなたは小さく頷くと、レポーターはごちゃごちゃとカメラに向かって叫び続けていた。

「話す事はありません。道を開けてください」

 今この瞬間も、犯行グループ達は館内で中継をモニターしているのかもしれない。全てに決着を付けるまでは、下手な事は迂闊に喋れなかった。

 野次馬の一人のおじさんが、「頑張ったね」とひなたに声をかけた。もしかしたらテレビ中継でひなたが必死になっている姿を見て応援してくれていたのかもしれない。それを皮切りに、道を埋めていた人達がひなたの姿に気づき、道を少しずつ譲った。皆が声を掛けてゆく。「頑張ってくれ」「子供を助けてくれ」「私はここで応援しているぞ」と。

 まるで昨日とは打って変わって、戦地に赴く勇姿を見送るような激励の言葉が飛び出してきていた。皆が事件の解決のために、心を一つにしている。誰が言ったわけでもない。皆が皆、それを望んでいるのだ。

「行ってきます」

 誰に言うわけでもなく、もしかしたらそこに詰め掛けた人全員に言ったのかもしれない。まるで特別待遇のように、ひなたの目の前の道は開けていた。最後の場所へと通じる道を作り、人々はそれぞれの想いを彼女に投げかける。

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