第九話 閃光のミスティックリズム
バンドが入れ替わるセットチェンジの15分間は、観客にとっての休憩時間でもある。入念なリハ (リハーサル) を済ませていた「Deadly Rave」は、その時間を気持ちの切り替えに使った。ギースは呟く。
「忘れるんだ……『VIRTUA FICTION』がどうあろうと……やれることをやるだけだ……」
深呼吸をして気持ちが収まることなんて、現実にあるだろうか。それでも息を深く吸い、静かに吐く。今からできることなんてない。そんな小手先に頼らず、重ねた時間を信じよう。さあ、始まりだ。
◇◇◇
ライブハウスのBGMが、SEの曲に切り替わる。The Beatles の「Eleanor Rigby」。まさかの選曲にフロアの観客が唖然とする。
やがてステージは光を絞った照明に包まれ、静かなアンビエンス (雰囲気) の中でライブが始まった。ギースがギターでアルペジオを奏でる。ジョーはサスティンを効かせたシックなベース、ビリーはクローズド・リムショットで静かにリズムを刻んだ。
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なすがままに (Yesterday Everyone Knows)
作詞:テリー
作曲:ギース
(メロディは読者が自由に思い浮かべてください)
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♪想像してごらん、君は歩くとき
両足を動かしてるかい
想像してごらん、君は息を吸うとき
胸を動かしてるかい
覚えるために、こめた想いを
忘れるために、身をゆだねよう
想像してごらん、君は落ちたリンゴを
食べるために拾ったかい
想像してごらん、君は困っている人を
見返り求めて助けたかい
覚えるために、溜めた記憶を
忘れるために、空へ放とう
思い出して、遠い昔に流れていた、あのメロディ
思い出して、ここに来るまでに、歩んできた道を
……なんだこの詩は?
ビリーは何かが引っかかる。もどかしい気持ちでフロアに目を向けると、見覚えのある人物がいた。
車いすの老人。病院で会った、あの爺さんじゃないか!
ビリーの頭で何かが弾け、シナプスが駆け巡る。テリーの詩、老人が車いすに乗せられる姿。なすがままに、全てを忘れ、無我の先へ……
そうか、そういうことか!
ビリーの背筋が伸びた。
鞭のように腕がしなる。
ドラムが、生き物になった。
──ビリー、開眼す。
「そうじゃ、ようやく気付いたか、ふぉ、ふぉ、ふぉ」
車いすに座った老人が、フロアであごひげを撫でる。
「脱力からの最適解、モーラー奏法の完成じゃ」
モーラー奏法とは、脱力の先にある力の循環、ドラムに宿る輪廻である。優れたドラマーが無意識に体得することも多い、実践的な技法である。
ビリーは吹っ切れた。もう腰痛を恐れることはない。ここは俺が憧れたステージ、本能が踊る叩き方をしてやる。 暴れようぜ、リズム隊! ジョーも付き合いな! お前だってもっと、暴れたいはずだ!
誘うような16ビートが、ベーシストを襲う。
大人しくベースを弾いていたはずのジョーは、猛烈なグルーヴに刺激され、ついにスラップを叩き始めた。またやりやがったと呆れるギースは、歪んだギターで応戦だ。ドラムとギターに挑まれたジョーが叫ぶ。
「ハリケーン・チョッパー!!」
叩きつける右手と、左手のパタパタとしたゴーストが生む暴走四弦チョッパー走法。今夜お前とイージーライダー。モーラー奏法のビリーと、相性が極まり前代未聞のグルーヴが生まれ、禍々しく歪むギースのギターが拍車をかける。
「Shout!Shout!Shout!Shout!」
テリーがメンバーと観客を煽る。ロングトーン (長く伸ばす声) を得意とするテリーだが、スタッカート (こま切れ) のシャウトも素晴らしい。無我夢中で頭を振る観客を前に、テリーは霊感が降臨する。あり得ない情報を、魂の迷宮で受信する。紡がれた言葉の意味は、彼自身にもわからない。
♪このフロアに、探し求めてた人がいる
このフロアに、当て逃げの犯人がいる
思い出して、ビリーはすでに、その犯人を知っている
思い出して、ビリーはすでに、その犯人と会っている
────ビリーに電流走る。彼は全てを思い出した。
◇◇◇
ライブが終わると同時に、ビリーは客席へ飛び込んだ。そして車いすの老人を抱きしめ、感謝の気持ちを伝えた。
「ありがとう、あなたは俺の、ドラムの師です」
そして老人の手をそっと握り、ステージに向かって声を張り上げた。
「おーいみんな! この人が犯人だよー!」




