第六話 真夜中のミクルボーイ
ビリーが車にはねられた。しかも当て逃げらしい。救急車で病院へ搬送されたという知らせを受け、ユリ、ギース、テリーは急いで駆けつけた。ジョーこと東は教壇に立っているので後から来るらしい。
幸いにしてケガは軽い。それでも腰を強く打ったらしく、しばらくは入院することとなった。ユリが見舞いの洋菓子を差し出すと、ビリーは嬉しそうに受け取った。
「ありがとう、お菓子は、なんぼあってもいいですからね」
激しいドラム演奏で定評のあるビリーは、甘いものが好物だ。早速食べようと包装紙を破る彼に、テリーが話しかける。その内容は、ユリもギースも、気になっていたことだ。
「……当て逃げって聞いたけど、それは事故かい、それとも狙われたのかい」
「それがね、わからないんだ」
「……わからないってどういうことだよ。じゃあ、ボクが一緒に考えてあげるから、どんな状況だったか教えてよ」
「夜で人気のない自宅前の交差点を渡ってたら、クラクションを鳴らされて、振り向いたら車が突っ込んできたんだ」
「……これは狙われてるね、すぐわかったよこんなの」
「そうなのか?」
「……クラクションを鳴らすことでターゲットの足を止め、振り向いたときに顔も確認してぶつける。映画や小説で定番のやり方だね、これは完全にビリーを狙った犯行だよ」
うんうんと頷くユリとギース。
「でも、わからないんだ」
「……何がわからないんだよ」
「警察が言うにはね、夜になって信号が点滅してたからじゃないかって」
「……じゃあ偶然の事故だね、周囲の安全のためにクラクションを鳴らしたんだ」
「でも、わからないんだ」
「……何がわからないんだよ」
「その車、フロントガラスも含め、真っ黒なフルスモークなんだ」
「……狙われてるじゃないか!」
「そうなのか」
「……横だけならまだしも、フロントガラスもスモークにしてるって、それは完全に犯罪者の車じゃないか。しかも夜だよ? これはもうビリーを狙っての犯行、間違いないよ」
うんうんと頷くユリとギース。
「でも、わからないんだ」
「……いやもうわからないことなんて無いよ。夜なのにフロントガラスがスモークなのは、運転している人物の顔を見られないようにしているんだよ。入念に準備した犯罪仕様の車、これはもう君を狙った犯行で決まり」
「でもその車、オープンカーなんだ」
「……中が丸見えじゃないか! 運転手の顔どころか服装や髪型までバッチリだよ! なんなら性別や体型までわかっちゃうよ!」
「でも、わからないんだ」
「……もう偶然の事故でいいよ」
「でも警察が言うには、ブレーキのタイヤ痕が道路についてないって」
ユリとギースの表情に緊張が走る。つまり相手は、ためらいもなく突っ込んだという事だ。確実にビリーを狙っている。
「でも、警察が言うには……」
「……いやもう、確実に故意の犯行でしょ」
「タイヤがついてない車じゃないかって」
「……いや絶対ちがうだろ! もうええわ!」
◇◇◇
その後、病室にはジョーも見舞いに訪れ、やがて面会時間が終わりみんな帰っていった。ビリーは一人になって考える。狙われたとして、相手は誰? そして何のために? 正直、恨みを買うようなことはした覚えが無いし、それならむしろテリーの方が危ないだろう。
ビリーは考えるのをやめた。元々、物事を深く考える性格ではないのだ。それよりドラムの練習だ。ドラムセットやスティックが無くても練習はできる。両手両足を動かし、イメージトレーニングをするだけでも全然違う。そう考え、ビリーはベッドに腰掛けた。
────しかし、ビリーに電流走る……。
ズキ……ズキ……
ズキ……ズキ……
圧倒的……激痛……
死ぬ……死んじまう……
「ぐぐぐっ……ううっ……」
腰の激痛に倒れ込むビリー。ナースコールを聞いて病室に看護師が駆け付ける。その手には、アイスノン (氷枕) 。
「ふふ、下手だなあ、体の動かし方が、下手。いま君が欲しいのは、腰に当てる……これ」
「ありがてえナースさん! キンキンに冷えてやがる!」
腰痛はつらい。思わず「あぁ」と情けない声が出るくらい痛い。どうしようもなく激痛が走り続けるなら、あきらめて動かないのだが、中途半端に痛みが引くことがあって、油断すると一気に痛むのだ。ビリーはそろりそろりと体を動かし、様子を見た。
「ふぉ、ふぉ、ふぉ、困っておるようじゃの」
ビリーと向かい合わせのベッドに腰掛ける老人が、白く長いあごひげを撫でながら話しかけてきた。
「そ、そうなんです、腰が痛くて……」
「見ればおぬし、なかなかの腕を持つドラマーじゃの」
「え? ドラムやってるってわかります? 」
「わかるとも、ワシほどにもなれば、その動きや体つきで一目瞭然じゃ」
老人の観察眼に驚くビリー。この人、どこかで見覚えが……
「お爺さん、ドラム詳しいんですね」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ、ワシは RUSH の Neil Peart が推しじゃ」
「うわ、思ったより濃い人だ」
「年相応の推しをあげるなら The Ventures (ベンチャーズ) の Mel Taylor なんかもキレッキレじゃぞ」
「はぇー、渋いドラマー推しますねー」
博識な老人に舌をまくビリー、しかし彼は残酷な現実を突きつける。
「ところでお主、残念じゃが腰痛は簡単には治らん」
「え……」
「一度直っても、いつ何時再発するやもしれん。爆弾を抱えていると覚悟するがええ。腰を軸に体を動かすドラマーなら尚更じゃ」
「そんな……ドラムはもう叩けないという事ですか?」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ、心配なさんな。ワシを見て参考にするがええ」
緊張するビリー。老人はいったい、何を見せようというのか……。固唾を飲んで見守っていると、病室に車いすを押した看護師が入ってきた。
「辻本さーん、お風呂の時間ですよー」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ、ワシは歩けんでの」
「はいはい、車椅子を持ってきましたよ」
看護師はそう言うと、老人の体を軽く担ぎ上げ車いすに座らせた。そして、車いすを押して老人をお風呂場へ連れて行く。ビリーはその様子を、ただ唖然として見ていた。
「……いや、これが何の参考になるってわけ?」
ビリーは気付いていない。すでに「何か」が始まっている……




