第五話 弓月のジュブナイル
ライブは終わった。そこにいた誰もが踊り過ぎてクタクタだった。
そんな中、いち早く西山ユリは我に返り、フロアから控室に向かう。一息ついていた「Deadly Rave」のメンバーにねぎらいの言葉をかけるかと思いきや、いきなりテリーの胸倉を掴んだ。怯えるテリー、ユリはネイティブな関西弁で叫ぶ。
「おうワレ、なんでウチの年齢の秘密知っとんじゃ、おお?」
「ボクにもわからないよ……」
「そんなわけあるかい、どういうつもりじゃ、ワレ?」
「詩が勝手に降りてきて、それを歌っただけだから……」
「ホンマに知らんのやな?」
「そうだよ……だから……ボクは何も悪くない……」
ユリは手を離した。テリーが本当に悪くないのか少し疑問は残るが、その実力については疑いようがない。予想外の出来事に固まっていたギースとビリーに、ユリは問う。
「おう、お前ら、ベースだけやのうてマネージャーも失踪したらしいのう」
「は、はい」
「は、はい」
「ほなウチが面倒見たる、マネージャーやるさかいに」
「あ、ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
「お前らみたいなん野放しにでけんからの、特にテリーな」
「はい、おっしゃるとおりです」
「はい、おっしゃるとおりです」
「きっちりシメていくさかいの、覚悟しいや」
「はい、よろこんで」
「はい、よろこんで」
◇◇◇
ギースはギターと機材を抱え、ライブハウスを出た。同じ駅に向かうので、並んで歩いていたテリーが話しかける。
「ユリさんにはビックリしたけど、今日のライブ楽しかったね」
「うん、そうだね……」
「ジョーもすごいベーシストだったね、最高じゃん」
「うん、そうだね……」
楽しかった、夢中になった、お客さんと一体になった、それは確かだ。でもあれは、自分が望んだバンドの姿だったのか。演奏した曲は、自分が望んだ表現だったのか。ギースの胸にわだかまりが残る。
「なあ、テリー」
「なんだい?」
「やっぱ、即興で詩を歌うの、やめたほうが良くない?」
「なんで?」
「だってさ、上手くいかないとき、絶対あるじゃん」
「今まで上手くいってきたけど?」
「でも次はわかんねえじゃん、それに、レコーディングして音源作ったときとか、即興の意味なくね?」
「あ、見て! 公園だよ! 滑り台もあるよ!」
「おい、話聞けコノヤロウ」
テリーは公園に入る。付き合う必要はなかったが、ギースもゆっくり後を追った。
走り回るテリーを横目に、ギースはベンチに腰掛ける。なんだか色々疲れが出たのか、怒る気にもなれない。なんだかな……
「ギース見て見て、滑り台があるよ」
「そりゃ公園だからな」
「よーし滑るよー、……ぐぎぎぎ」
「ケツが挟まって抜けなくなってんじゃねえか」
「ギース見て見て、ジャングルジムがあるよ」
「そりゃ公園だからな」
「昭和のパソコンで作った3D画面みたいだね」
「まあわからんでもない」
「ギース見て見て、鉄棒があるよ」
「そりゃ公園だからな」
「一発芸、『丸焼きにされる豚』」
「両手両足でぶらさがってるだけじゃねえか」
はぁ……。
コイツといたら結局は、ノリと勢いで流されてしまうのかな。でもこんなことでプロになれるのか。バンドで食っていけるのか。俺が本当にやりたかったのは……
「ねえねえ、ギースは何でバンドをやってるのかな?」
「プロになるためだよ」
「ねえねえ、ギースはどんなバンドがやりたいのかな?」
「売れるバンドだよ」
「ねえギース、ボクは君が『決めたこと』じゃなくて、『やりたい事』が聞きたいんだ」
「…………」
「もう一度聞くね、ギースは何でバンドをやってるのかな?」
そっか、忘れてた。
テリーは天才なんだ。
何気ない言葉で心を暴く、根拠なき才能の持ち主なんだ。
何でバンドをやるのか、なんて言葉に出来るはずがない
そんな哲学的な問いを、俺はどうやって答えたらいい……
ギターをケースから取り出した。とはいえ小さな生音しか出せない。シャカシャカとコードを適当に弾いていると、テリーが即興の歌を重ねてきた。
♪だから気付けなかった
だから信じなかった
だから繰り返した
だから道に迷った、ボクは
だから君に出会った
だから君を信じた
だから君と一緒に
もう迷わない、進むんだ、ずっと
いつかきっと、辿り着いたその先で
ボクが君と、歩んだ道が見えるかな
陳腐だ。ありきたりだ。誰でも思いつく詩だ。だけど、だからこそ、ギースは涙が止まらなかった。
泣いているギースを見て戸惑うテリーの様子から、適当に思いつくまま言葉を並べただけなのだろう。だがその言葉は的確に、ギースの心を暴いていた。
◇◇◇
♪~
西山ユリのスマホが鳴る。今日は気分を変えて着信音は「サイコソルジャー」だ。
「『Deadly Rave』のジャーマネ、ユリでございましてよ、ホーホホホ!」
優雅に電話を受けていた彼女の表情が一変する。
「なんやて! 無事なんかビリーは? 相手が逃げた? わかった、折り返し電話する」
スマホをテーブルに置いたユリは、震えながら呟いた。
「え、えらいことや……せ、戦争じゃ……」
注釈:「サイコソルジャー」はヤバい。作曲センス、歌詞、歌唱力、全てヤバい。昭和を煮詰めて結晶化したような楽曲。「恋のミクル伝説」と並べて語りたいところだ。




