第四話 戦慄のエスカルゴ
「君たち凄いよ、カプリコーンに来なよ」
ライブ後の控室にドサクサ紛れで忍び込み「Deadly Rave」を勧誘する岡本。だがそれを看過できない者がいた。SMK音楽事務所の西山だ。
「おいおいオッサン、ふざけた事抜かしてんちゃうぞコラ」
西山が岡本に突っかかる。だが岡本も新人バンドのスカウト十傑集と呼ばれた男、簡単には引き下がらない。
「ンだてめえ、SMKの西山かぁ? 舐めてんじゃねえぞ」
「ああ? 俺が舐めるのは女のウナジだけだぁ岡本ぉ」
「きっしょ! 俺の靴舐めさせてやるよ西山ぁ」
西山が殴りかかる。岡本が華麗にブロッキング、そのまま硬直18フレーム小キックからの波動拳。西山が小足蹴りで反撃するも、岡本は見てから余裕で昇竜拳。西山は気力ゲージを使用して龍虎乱舞を岡本に炸裂、これはガード不能……
「やめてください二人とも!」
見かねたギースが止めに入る。中年男性のリアル格闘など、誰も見たくない。
「岡本ぉ、今日はここまでにしてやる……対ありです……」
「西山ぁ……次に会った時は承知しねえからな……対ありだ……」
ギースは感情をあらわに言い放った。
「俺たちは新しいベーシスト探しで頭がいっぱいなんです、これ以上混乱させないで! 二人ともここから出て行ってください!」
◇◇◇
聖エスカルゴ女学院は、中高一貫の音楽学校である。演奏技術や音楽理論はもちろんのこと、マネジメントや経営学といった音楽業界全般について幅広く学ぶことができる。そして全国に名の知れた「お嬢さま学校」でもある。
西山ユリは学院のオープンテラスで紅茶をたしなんでいた。最年長の在校生である彼女を慕い、下級生たちが周囲を取り囲み、今日も次々と質問を投げかける。
「ユリさま、最近は長いクラシックばかり聞いて疲れましてよ。もっと短くテンポのいい楽曲が聞きたいですわ」
「Napalm Death の『You Suffer』をお聞きなさい」
「ユリさま、メイド服を着た男性が、オペラ歌手のようなソプラノで歌うポップスが聞きたい、なんて盛り過ぎかしら」
「Klaus Nomi の『Lightning Strikes』か『Nomi Song』をお聞きなさい」
的確なのか、的外れなのか、意見の分かれるところだが、ともかくユリは聞かれたことに答えていく。そこは最年長の生徒としての歪んだ、もとい、豊富な知識によるもので、周囲からは「エスカルゴのぽたぽた焼」「亀の甲よりユリの功」などと呼ばれていた。
♪~
ユリのスマホが鳴る。着信音は「ギースにしょうゆ」。発信元はSMKの西山だ。
「あらお兄さま、何か御用ですの?」
「聞いてくれユリ、『Deadly Rave』を知ってるか?」
「知ってるも何も大ファンですわ、私の着信音をご存知で?」
「知ってるよ」
「ちなみにSMSは『烈風拳』ですわ」
「知ってるよ」
「SMSが二件来た時は『ダブル烈風拳』ですわ」
「知らないよ」
SMKの西山は、妹のユリに「Deadly Rave」のベーシストが失踪し、バンドが新たなメンバーを探していることを話した。そしてユリに、腕のいいベーシストの心当たりはないか聞いた。
「なるほど、そういうことならお任せあれですわ、ホーホホホ!」
◇◇◇
ライブハウスのフロアには、溢れんばかりの観客と、SMKの西山、そしてカプリコーンの岡本がいる。目も合わせない二人の間には、聖エスカルゴ女学院の西山ユリがいた。彼女は芸術的に塗り固めた厚化粧で、兄である西山も一瞬気づかなかった。
ユリは貴族令嬢のような白いゴシック衣装を身にまとっているが、これはライブ観戦のために用意したものではなく普段着である。彼女はこれで学校に通い、なか卯で親子丼を食べ、甲子園球場で阪神対中日戦を観戦する。
なお聖エスカルゴ女学院は、お嬢さま学校として生徒たちの立ち振る舞いに厳格ではあるが、服装や個々の事情には寛容だった。
「……こんばんは、今日はライブの前に新たなメンバーの紹介をします」
テリーがステージから観客に向けて声をかける。ルックスに定評のあるV系バンド「Deadly Rave」には不釣り合いな、眼鏡で短髪のスポーツ青年的なベーシストが挨拶した。
「あ、ども、ベースの東です、エスカルゴで音楽講師やってます」
「……ステージネーム」
「あ、すいません、ジョーです、オレはジョーだ、よろしくだぜ」
フロアから失笑が聞こえる。ドラムセットに座っているビリーも噴き出した。ギースは少しムッとした顔で、一曲目のイントロを弾き始めた。
重厚なハーモニックメジャースケール。それは魔術的でエスニックな旋律。時にクロマチックで蛇のように迫り、時にドリアンで距離を置く。ギターの分厚い歪みが90年代HM/HRの温かさを彷彿とさせる、古典的なV系の楽曲だ。
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少女絶対防衛線 (DEAD LINE)
作詞:テリー
作曲:ギース
(メロディは読者が自由に思い浮かべてください)
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♪お願い聞かないで 私の実年齢
時計の針は封じられたの
この先進めば きっと迷うわ
そこはお肌の曲がり角よ
お願い見ないで 私の戸籍表
市民課の書類は葬られたの
飾る自画像に きっと無理があるわ
塗り重ねたのは絵だけじゃない
(ギターソロ)
私が学院にいる限り
私は今も女子校生
私に文句がある人は
私の前で言ってごらん
「女なら、拳ひとつで勝負せんかい!」
若い、若い、私は若い この呪文を唱えなさい
若い、若い、いつまでも エスカルゴにいる限り……
ビシィィィッ!
ユリの厚化粧に亀裂が走る。それは大槻ケンヂを表現した斬新なコスプレ化粧なのか。ユリの変化に気づいた東――いやジョーは、大槻ケンヂが本当はファンクバンドがやりたかったという話を思い出した。
ファンク……。
元々苦手な人前で慣れないジャンルの演奏に、緊張の糸が切れそうだったジョーは、ついに一線《DEAD LINE》 を超えてしまう。
ジョーはルート弾きに徹していた。だが次の瞬間、跳ねるようなスラップを叩き込み始めた。
たしかにコードは間違えていない。音もテンポも外していない。それでもベースが事前の打ち合わせもなくスラップを始めると、バンドメンバーは困惑する。出前の寿司が手違いで、全て鉄火巻きだった時くらい困惑する。
♪ポエンパッパッ、パッパッパポエプン
ポエンパッパッ、パッパッパポエプン
跳ねる跳ねる軽快に跳ねるベースライン。面白がって調子に乗ったビリーも16ビートでドラムを叩き始める。ギースは困った顔で頭を左右に振るも、なぜか口元がにやけてしまう。ディストーションとコンプを切り、軽く鋭くカッティング。
跳ねる、跳ねる、ベースが跳ねる
跳ねる、跳ねる、ドラムが跳ねる
跳ねる、跳ねる、ギターが跳ねる
踊る、踊る、テリーが踊る
踊る、踊る、観客も踊る
いつまでも、いつまでも……
注釈:Klaus Nomi がメイド服かどうかは意見が分かれるところだが、たぶん違うと思う。余談だが FSS のミラージュナイトXIII ポエシェ・ノーミンの元ネタでもある。




