第三話 素晴らしきヒィットパレード
パチン。
「Deadly Rave」のライブが終わり、熱気の引いたフロアで指を鳴らす男がいた。SMK音楽事務所のライバル会社、カプリコーンの岡本だ。彼は新人バンドスカウト十傑集の一人に数えられるほど、業界では名の知れた存在で、大手メジャーレーベルとのつながりも深い。
「これが『Deadly Rave』か、いいバンドじゃないか」
来週もライブがあるらしい。それまでに一度声をかけ、改めて見させてもらおう。
◇◇◇
「西山さん、カプリコーンの岡本さんって知ってますか」
ここはライブハウスの控室、本番前に西山が顔を出したので、ギースが話しかけた。数日前、岡本から連絡があり、メジャーに興味はないかと誘われたのだ。カプリコーンも有力事務所ではあるが、先に声をかけてくれた西山には義理がある。
「お、岡本? なぜアイツの名前が?」
「いや、どんな人なのかなって……」
「ギースくん、アイツはダメだ、人間のクズだ、魔界村の住民だ、G-ウィルスだ」
「めっちゃ仲悪いんすね……」
「あんな奴、関わっちゃダメだ、下ネタばっかり口にして、ファンの女の子にも手を出す」
それはお前だろ、そう言いかけたギースだが、さすがの西山もファンの女の子に迷惑をかけるようなことはしない。それに岡本が、本当にそんな人間なのかは疑わしい。西山の個人的な怨恨で、かなり盛られている気がする。
横で聞いていたテリーとビリーは我関せずだったが、意外な事にアンディが激昂した。
「女の子を泣かせるようなこと……許せない!」
「Deadly Rave」のマネージャーが控室のメンバーに声をかけた。いよいよ出番らしい。彼女の名前は「舞」、スケジュール管理やヘアメイク、打ち上げの居酒屋予約まで、献身的にバンドへ尽くしてくれる。ステージに向かうメンバーに、舞はいつもの声援を送った。
「よ、日本一!」
◇◇◇
ライブハウスの照明が落ち、ステージだけが照らされる。
「Hear my screeeeeeeeeeeeeeeeeeeeam!」
テリーのシャウト。ここで彼にインスピレーションが降りる。魂の迷宮に灯火が宿り、神秘の言霊が降り注ぐ。紡がれた詩の内容は、テリー本人にすらわからない。
ギターのスクラッチで始まるスピードナンバー。長いイントロを炎の旋律で埋め尽くす。高速で叩き続けるドラムは単調に聞こえても、バスドラが表情を豊かに彩る。ベースはルートを刻む。
「Deadly Rave」は走り出す。弦が切れても、ドラムセットが崩れても、客が暴れても、停電になっても止まらない。ステージを駆ける暴走特急、何が来ようと恐れるものか。さあテリーよ、即興の歌で魂の真実を暴け!
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尻軽マスター (Sumater of Puppets)
作詞:テリー
作曲:ギース
(メロディは読者が自由に思い浮かべてください)
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♪アンディと舞は出来ている、それは個人の自由だが
アンディは客に手を出した、それもとやかく言わないが
彼がベッドに入るとき
特殊なプレイをやりたがる
何をと言わんが挟んでもらい
そのまま果てるのさ、スマター!スマター!
アンディは別に彼女いる、それは周知の事実だが
夜に会うだけの彼女いる、それもいちいち問わないが
彼がベッドに入るとき
特殊なプレイをせがむのさ
足で何かを挟ませて
そのまま果てるのさ、スマター!スマター!
(メインのギターソロ)
観客がアンディをガン見している。ソロをプレイ中のギースですらアンディを見ている。その日に限って、あるいはテリーの技術が向上したのか、誰もが歌詞を聞き取れた。
アンディは震えている。ステージに立つ歓喜か、あるいはバックステージの舞から感じる視線が原因か。
アンディはルートを弾いて……いたのだが、曲中にもかかわらず突如アドリブで前衛的なソロを弾き始めた。非常に高度な転調、そして複雑な変拍子。
まるで演奏どころではなくなって、自分でも何を弾いているのかわからなくなった人のようだ。一見むちゃくちゃな演奏だが、解釈によってはアバンギャルドなアプローチと言えなくもない気がする。
「こ、これは何てプログレッシブな……」
カプリコーンの岡本は動揺している。安定した演奏力が売りの「Deadly Rave」が、よもや極めて高度な即興演奏までこなすとは。これは音楽の歴史を変えるバンドだ、岡本はそう確信した。そして一部の観客たちとともに、ベースを中心としたセッションのようなライブを、深く聞き入り語り合うのだった。
「これは無調 (アトーナル) か、キーを無視したような緊張感がたまらない」
「ちがうね、多調 (ポリトーナル) と解釈すべきだ」
「変拍子とポリリズムが入り乱れている、俺じゃなきゃ聞き逃してるね」
「あー、これはアレやね、あの、ブワーみたいな」
女癖の悪さと性癖を大勢の前で暴露されたアンディは、この世の終わりのような表情でベースを弾いていた。そしてこの後、舞と、彼女と、彼女だと信じていた女の子たちに激詰めされるだろう。
◇◇◇
ライブが終わり、岡本はバックステージに駆け込んだ。だがそこにアンディの姿はなく、「探さないでください」と書かれたメモの切れ端だけが残されていた。
アンディ(Ba) 脱退。窮地に立つ「Deadly Rave」……




