第二話 衝撃のアルペジオ
ギースはいつも、スタジオに一番早く入る。バンドのリーダーである彼が、遅刻するわけにはいかないからだ。しかしその日、スタジオの扉を開けると、すでにテリーがいた。彼はキーボードの前に座り、ピアノの音色でクラシック曲を弾いていた。
「へえ、キーボード弾けるんだ」
「ボクはね、鍵盤の " 音 " が色になって見えるんだ……」
「おお、噂に聞く色聴、共感覚ってやつか」
「ボクの目には今、白と黒のモノトーンが……」
「鍵盤の色じゃねえかバカヤロウ」
そんなことよりギースは、テリーに言わなければならないことがあった。まずは全裸で街を徘徊する悪癖をやめること。バンド関係なく公序良俗に反する凶悪犯罪だ。テリーは渋々了承した。
「それと、即興の歌詞で歌うのはやめてくれ」
「……それは受け入れられないよ」
「ならせめて、内容をマイルドに抑えてくれ」
「……どうして?」
「SMK音楽事務所の西山さんが、難色を示しているんだ」
◇◇◇
「西山、お前クレームが殺到しているぞ」
川崎社長が、西山を問い詰める。彼らは以前、同じバンドで活動していた。全盛期にリリースしたアルバム「Art of Fighting」は大きくヒットし、その印税で設立したのがSMK音楽事務所だ。バンドの中心人物だった川崎と西山は、音楽業界の「龍と虎」と呼ばれるほどの存在となった。
だが西山には悪癖がある。悪気はないのだが、時折下ネタを口にしてしまうのだ。男女問わず真顔で語るので、彼を知る人は笑って済ませていたが、社外、とくに女性からは嫌がられていた。
致命的だったのは取引先とのプレゼンで、モニターに映された収益のグラフを西山が「弊社はオ○ンチンのように伸びており」と解説、即日彼は副社長から平社員へ降格した。
「川崎さん、俺は心当たりがないです」
「わかってる、だから質が悪いんだ」
「川崎さん、俺はどうすれば……」
「取締役から経営企画、そして新人発掘部へと左遷を繰り返したが、正直もう行き先がない」
「川崎さん……」
「だが西山、おまえの見る目は確かだ、前代未聞の新人を発掘して、社内に起死回生の旋風を巻き起こせ」
気落ちした西山の瞳が、輝きを取り戻した。彼には目を付けているバンド「Deadly Rave」がある。ちょっとアレなところもあるが、彼らならやってくれる。西山は川崎社長にサムズアップした。
「川崎社長、おまかせを! おチ○コ出る、いや、落ち込んでる場合じゃないっすね!」
西山は社長室を出た。川崎社長は人事課と法務部を招集し、問題社員の懲戒処分における法的リスクの意見を求めた。
◇◇◇
今日も「Deadly Rave」のライブが行われる。箱は前回にもまして客が多い。ギースがダブルネックのギターで美しいアルペジオを奏でる。バラードを披露するらしい。テリーは即興詩を英語で歌うのだが、作中では日本語翻訳したものを記載する。
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転属でも猥談 (Sacrifice for Demon)
作詞:テリー
作曲:ギース
(メロディは読者が自由に思い浮かべてください)
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♪大天使聖マイケルがボクに告げた
オッサンは何をやってもセクハラ扱いされると
こいつはコトだ、バカこくな
若くないやつはおっ死 (ち) ねと?
秘密の炎に仕える者がボクに告げた
オッサンは何をやってもハブられると
それは確かにそうかもだ
こうなりゃ地獄であおうぜベイビー
癖のある日本語翻訳が西山の胸を打つ。なぜか聞き覚えのある独特の言葉使い。英語で歌っているのに日本語で聞こえている矛盾はともかく、まるで子どもに戻り「水曜ロードショー」や「日曜洋画劇場」で映画の日本語吹き替え版を見ているような気分だ。楽しかった、あの頃……
ドラムが入る。ベースもルートを刻む。ギターのアルペジオが、まるで遠く鳴り響く鐘の音。詩の内容も西山の心情に共振する……
しかし、ここで曲調が変わった。
ハーモニックマイナーの神々しい旋律が、禍々しいアラビックスケールへ。ギターの音色も歪みが加わり、感情のない五度和音 (パワーコード) を繰り返す重金属音学 (ヘヴィメタル) に。知らず知らず西山は首を振る。ベースはルートを刻む。
♪666回の転属をご存知で? それは情熱のプレイ
マグルの母に刻印されたナンバーオブザシックス
666回の転属をご存知で? それは北極大陸
冥王星は太陽系じゃないナンバーオブザオーサカ
詩の内容はサッパリ理解できなくなったが、西山は懐かしさを覚えていた。昔は洋楽のCDやレコードを買うと和訳の歌詞が書いてあったが、こんな感じの独特な翻訳が多かった。曲はサビに入る。
♪オッサンはサクリファイス (生贄)
悲しすぎるよサウダージ
何をやっても猥褻 (わいせつ) 扱い
それならそれで腹くくれ
叩いて満足サティスファクション
反撃できないサンドバック
何を話しても猥談 (わいだん) 扱い
左遷も転属も上等さ
西山は天啓を受けた。これは俺の歌だ。偶然か霊感か、わからないが完全に俺を鼓舞している。テリーの即興詩は生かす方向で、俺は「Deadly Rave」を引き上げていこう。それしかない。彼はそう呟いて、ライブハウスを後にした。
◇◇◇
一応英語がわかるギースは、ライブの後でテリーに声をかけた。
「いつもにまして酷い歌詞だったけど、あれは魂の叫びなのかい?」
テリーは首を振った。
「いや、何も思い浮かばなかったから、適当なことを言っただけさ」




