第一話 驚愕のエクスペリエンス
駅に押し寄せるパトカー。
少年を取り囲む警察官。
「ボクの自由と権利は、誰にも奪えない!」
彼の両手は、冷たい手錠でつながれた。
「離せ! ボクは! 何も悪くない!」
無実を叫ぶその声が、奇跡を呼ぶ。
◇◇◇
「ごめん、ちょっと遅れちゃった」
スタジオの厚い防音ドアが開く。入ってきたのはベースのアンディ。スティックを回すドラムのビリーがアンディの遅刻を責める。
「おい、スタジオ練習は遅刻すんなってあれほど……」
ギターのギースは無言でアンプのセッティングに専念している。アンディは悪びれることもなく言った。
「こいつをみんなに紹介しようと思ってさ、おい、入ってこいよ」
入ってきたのは、息をのむほど美しい少年。光を編み込んだような髪がさらりと揺れる。翼を忘れた天使、ギースとビリーにはそう見えた。
……………………
ギースがようやく口を開く。
「……誰だよ、ソイツ」
アンディは答える。
「うちのボーカル、あんなことになっちゃったじゃん? だから後任をつれてきたってわけ」
ビリーが口を挟む。
「おい、俺たちのバンドはSMK音楽事務所からも声がかかった『Deadly Rave』だぜ、そんな簡単に加入させられるわけないだろ」
アンディが連れてきた少年は、たしかに美しい。だがそれだけでメンバーに加えられるほど、このバンドは安くない。もちろんビリーやギースがそう考えることくらい、アンディはお見通し。彼はスタジオに連れてきた少年を軽く肘でつつく。
「おい、なんか歌ってくれよ」
少年は遠慮がちに、細い声で答える。
「え? でもボク、ロックの曲なんて知らないよ」
「いいんだよ、どんな歌でも」
「じゃ、じゃあ歌うね」
マイクもなく、伴奏もなく、少年は歌い始めた。
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私を泣かせてください
原題:Lascia ch'io pianga
作曲:Händel
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♪~
有名なクラシックのソプラノ曲、それを少年はアカペラで歌う。やわらかく、力強い、そして驚異のハイトーン。これはファルセット? いや、カウンターテナーか?
ビリーとギースは涙が止まらない。彼を連れてきたアンディの目も赤い。ギースは涙を拭い、少年の手を両手で握りしめた。このボーカルを「Deadly Rave」で歌わせたい。共にステージに立ちたい。俺たちを泣かせたように、観客の心を動かしたい。
「俺の名はギース、君は」
「ボクの名前はアンドリアマナンテナ留吉 (とめきち) 」
「……何て?」
「マダガスカルじゃ一般的な名前だよ」(本当)
「い、いや本名じゃなくて、ステージネーム (芸名) が聞きたいんだ」
「そんなのないよ……」
ギースが言葉に詰まると、ドラムセットに座っていたビリーが声をかけた。
「じゃあテリーと呼ぶぜ、君のステージネームは、テリーだ」
◇◇◇
SMK音楽事務所の西山はライブハウスに入った。小さな箱だが、ワンマンで埋める実力のバンドが出演するので見に来たのだ。メンバーとは以前から連絡を取り合っている。聞けば、ボーカルが交代したとか。
「さて、どんなパフォーマンスをご開帳してくれるやら」
やがて開演の時間となり、照明が落ちる。ステージ上にスポットライト。マイクの前に立つ美少年が「Deadly Rave」の新ボーカルか。ルックスは合格点だな。さて、ボーカリストとしての実力は……
「……みなさんこんばんは、『Deadly Rave』の新しいボーカル『テリー』です」
静まり返るフロア (客席)、期待と興奮が渦巻いている。
「……今日のライブを始める前に、ボクから一言伝えたいことがあります」
漂うわずかな騒めき。
「……ボクは、刹那に感じた気持ちを、言葉にして伝えたいのです」
テリーは宣言する。
「……だから、ボクがステージに立つときは、即興で作った詩を歌います」
どよめく客席。西山も少なからず驚いた。これは新しい、そして危険だ。よほどの天才か、さもなくばバカだ。さて、テリーは、どんな詩 (うた) を聞かせてくれるのか……
初めに轟くドラムのフィルイン。
続けてマーシャルのアンプから歪んだギター。
ベースはルートを刻む。
ボーカルのテリーはマイクを握り、強烈なシャウト。
「Welcome to A New World Order!C'mooooooooooooon!」
スピーカーを使わずとも客席に届くであろう大きな声量、それでいて澄んだ美声、天を突くハイトーン。なんてボーカルだ。客席は、もちろん西山も、呆然と立ち尽くす。この力量で、どんな詩 (言葉) が紡がれるというのかッ!!
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キル・ザ・ストリーキング (Kill The Streaking)
作詞:テリー
作曲:ギース
(メロディは読者が自由に思い浮かべてください)
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♪ぜんら、ぜんら、ボクは全裸 (ぜんら) で走る
ポリが、ポリが、ポリが後から追ってくる
ボクは全てを脱ぎ捨てて
下に何かをぶら下げて
デンシャ、デンシャ、ボクは全裸で電車乗る
デンジャ、デンジャ、危険だ駅でポリが待つ
ボクは乗客に取り押さえられて
そのままポリに連行された
(サビ前のブレイク、ギターソロ)
ギースが高崎モデルの killer ギターをかき鳴らす。チョーキングする時の苦々しい表情は、あまりにも酷い歌詞に対する怒りの表れだろうか。ドラムのビリーは「俺は関係ない」と言わんばかりに淡々とリズムキープへ徹している。ベースのアンディはルートを刻む。曲はサビに突入した。
♪無実を叫ぶ ボクの声が
通りすがりの アンディに届き
そこでバンドに 勧誘されて
今ここに、 いるのさぁぁぁぁぁぁぁ!
(メインのギターソロ)
ギースが泣きのギターソロ。感情がこもっているのは、本当に泣きたいからだろうか。それにしても最悪な出会いだ。西山はおろか、バンド勧誘のきっかけを初めて聞いたギースもビリーも困惑している。ベースのアンディはルートを刻む。実はそれしか弾けない。ソロが終わりドラムがツインペダルを連打、いよいよ最後の盛り上がりだ。
♪実は前任ボーカルは
マルチ商法に引っ掛かり
ギースとビリーから金借りて
そのまま飛んだのさ、Fly Awaaaaaaaaaaaaay!
そらいかん。そういう人とは関わらない方がいい。
◇
曲は終わった。意外な事に客席は大盛り上がりだ。ライブハウスでは歌詞など、そうそう聞き取れるものじゃない。だから観客の多くは内容など分からず「なんか良いことを歌ってるんだろう」くらいにしか思っていなかった。
Deadly Rave、新ボーカルを迎えての初ライブは大盛況で幕を閉じた。だが西山は悩む。
「あのヤバすぎるボーカル、野放しには出来ねえ……」




