6th スタジオはぶっとばせ
テリーが歩いている。
ボーカルをレコーディングするため、スタジオに向かっている。それは街の繁華街にあり、普段から「Deadly Rave」が練習に使っている場所だ。
すれ違う人はみんな振り返り、テリーを見る。さらりと揺れる髪が、愁いを帯びた瞳が、女性はおろか男性すら魅了する。あり得ない美少年。強いて例えるなら、天使しかない。
テリーは大通りを見た。普段は渋滞しているはずの車道に、車が一台も見当たらない。どうやら規制が敷かれているらしいが、催し事でも行われるのだろうか。
遠くから車が数台近づいてくる。
マラソンか、パレードか。よくみれば車は十数台が連なっており、先頭を走る車両が大通りの真ん中で……
大爆発した。
「ええええええええええええ!」
さすがのテリーも絶叫したが、それは周囲の人々も同じだった。だが、後続車が爆発する車両を飛び越え、さらに空中で爆発四散するに至っては、もはや理解が追いつかなかった。
「わ、わいるど・すぴーど?」
映画撮影でしか、現状を説明できない。混乱する状況の中、テリーはこの場で全裸となるのも悪くないと考えた。しかしそれは、昨日この街で存分に味わっている。今日は控えよう。散々警察に追われ、まだ疲れが残っている。
バラバラバラバラ……
大気を振動させるプロペラの音。上空からヘリコプターが近づいてくる。
ゴルゴ13のような風貌の男が、長い銃を手に地上を見回している。男はテリーを見るや地上に飛び降り、数回転がった後で伏せたままテリーに銃を撃ちこんだ!
ドギュ───ン!
ドギュ───ン!
散弾銃かライフルか、自動小銃では聞けない轟音が響き、テリーの周辺にある壁や看板が粉砕される。男は銃を投げ捨て、黒いスーツをひるがえし、テリーの前に立ち手帳を見せた。
「警察だ!」
思考停止するテリー。
「自分は生活安全課の大門だ! アンドリ……なんとか留吉! わいせつ物陳列の疑いで逮捕する!」
度重なるテリーの蛮行に、警察が本気を出したらしい。とはいえやり過ぎにもほどがあるし、車が爆発する意味も分からない。だが過剰な登場にも関わらず、大門刑事は手錠を見失ったらしい。ポケットや腰を手探りで探している。
チャンスだ。テリーは走り出す。スタジオなんかに行ってる場合じゃない。
「待て! 大門軍団からは逃げられんぞ! 自分は必ず貴様を捕らえ、地獄極楽落としを喰らわせてやる!」
遠ざかるテリー。もはや街にはいられない。
◇◇◇
「アンドリアマナンテナ留吉、全国指名手配」
このニュースは、そんなに話題にならなかった。そもそも名前が長すぎて、それがテリーの本名だと「Deadly Rave」のメンバーですら覚えていなかった。
それ以上に、たかが全裸徘徊のヘンタイを逮捕するだけで、過剰なパフォーマンスと街で銃をぶっぱなす異常性が大々的に報道された。テレビのニュースキャスターも、車を爆発させる意味がわからないと批判した。しかも取り逃がすという大失態だ。
生活安全課の課長室。ブランデーグラスに注がれた黒烏龍で、昼に食べた二郎ラーメンを中和していた杯出課長は、部下の大門に苦言を呈した。
「全国報道ね。困るんだよ、大門」
「課長、ここは自分にやらせてください」
「そもそも爆発する車が、日産に偏ってるんだけど」
「課長、自分は全力を尽くします」
「いや話聞けよ。てか危ないから銃撃つなよマジで」
「課長、自分を信じてください」
「いろんな意味で信じられんわ」
課長室の扉が開き、警官が段ボール箱を次々と運び込む。中身は膨大な枚数の始末書だった。杯出課長は見向きもせず、窓のブラインドを指で押し、その隙間から外を眺めて呟いた。
「全部書け、わかったな大門」
◇◇◇
重音山 金属寺。
禅宗の流れをくむこの寺に、テリーは逃げ込んだ。彼は和尚に事情を話すも、よくよく考えれば逃げる必要は無かったことに気付いた。テリーは逮捕を恐れない。
とはいえ車は爆発するわ、銃まで撃たれるわで、逃げないのもある意味おかしい。
「……ボク、どうすれば良かったのかな」
「そもそもテリーくんは、何の用で街に出たのかな」
「……今日はスタジオで歌の録音がしたくて」
「なるほど、それなら良い考えがあるぞ」
和尚は重音山の奥地を指さした。
「あの先に、使われておらぬ小屋がある。ノートパソコンとオーディオI/Fを貸し出すので、録音してくるとよい。禅問答で使うマイクもあるぞ」
「……ありがとう和尚さん!」
「ふむふむ。録音が終われば出頭するがよい。音声ファイルはメンバーに送信し、ミキシングしてもらうのじゃ。Wi-Fiも完備しておるからの」
ビートメイカーでもある和尚は、時折小屋にこもってトラックを作っていたのだ。防音設備のない簡素な造りだが、そもそも周囲に人はいないので、大声を出して録音しても問題ない。
テリーは小屋に向かう。だがこれが、後にとんでもない騒動の引き金になるとは、まだ誰も気づいていなかった。




