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7th テリー・オン・ザ・ヒル


 イノシシは、でかい。


 軽自動車ほどではない。だが、フルカウルの大型バイク、あるいは走るドラム缶と言われれば納得だ。山に住む実物を見ればわかるが、人間が素手で倒せる代物ではない。では銃があれば簡単に倒せるのか? そんなに甘くない。


 体毛が硬いのだ。針金の束、あるいは鋼鉄のたわしである。初めて見た者なら、「これ銃弾とか弾くんじゃね?」と錯覚するほどだ。とはいえ基本的に大人しいし、餌付けも可能だが、場合によっては人を襲う。要は野生の豚である。


 イノシシは、うまい。


 実は最高級の豚肉として知られるイベリコ豚も、森で放牧され、ドングリを食べて育てられている。つまり、野生のイノシシに近い環境だ。ただし野生動物であるイノシシは個体差が大きく、年齢や狩猟後の処理で大きく味が変わる。


 だが、最高のイノシシ肉を口にしたとき、食の概念は崩壊する。牛肉こそ至高と疑わなかった固定概念は崩れ落ち、猪肉という覇王が君臨することとなる。味噌やカレーにも負けない濃厚な旨味が口を支配し、噛んでも噛んでも別れが惜しくて、飲み込むことが出来ない。


 重音山は、イノシシに溢れている。


◇◇◇


 テリーは山奥の小屋に辿り着いた。


 ボーカルの録音は基本マイクとパソコンがあれば可能である。正確に言えば、接続するオーディオI/FとDAWソフトが必要だが、必要とする機材は少ない。


 もちろん拘ればキリがない。環境はもちろん、マイクも高級で繊細なものから、ステージで叩きつけても壊れない頑丈なものまで、幅広く存在する。


 テリーが手にするのはSM58。安価で頑丈、ステージで使われる定番のダイナミックマイクである。とはいえ貸し出されたものを使っているだけで、彼自身は機材に拘りがない。


 部屋の隅に荷物を置き、ノートパソコンを開く。DAWソフトを立ち上げる前にネットの接続をチェック。録音した音声は、ここからギースに送信するつもりだ。のんびりなんかしてられない、警察が来る前にレコーディングを終わらせないと……


────数時間後。


 魔理沙と霊夢のゆっくり解説で、栄養と健康について学んだテリーは、深い眠りについていた。明日はずんだもんの食レポを視聴するつもりらしい。レコーディングそっちのけでYouTubeばかり見ていた彼にも、面白かった動画に「いいね」を押す理性は残されていた。


 早朝五時。


 ♪大自然の五時起きです!

  大自然の五時起きです!

  大自然の五時起きです!

  大自然の五時起きです!


「アンヌムツベェェェェェ!」


 驚きのあまり、謎の絶叫を上げ飛び起きるテリー。どうやら和尚がセットしていた目覚ましが、大音量で鳴ったらしい。日が昇り始めたばかりだが、すっかり目が覚めてしまった。せっかくだから録音を開始しよう。


 重音山 暁の刻。

 いざ尋常に、一曲目、録音。


 ヘッドフォンから流れる楽曲。ドラム、ベース、ギターを仮ミックスした音源は、荒々しい勢いが残る。テリーも負けじと気合が入る。魂の迷宮に灯火が宿り、神秘の言霊が降り注ぐ。だが紡がれた詩そのものよりも、さらに純粋な叫びが重音山に響き渡る。


 心を暴くテリーの声。それは人に留まるものではなかった。


 鹿が、狸が、そしてイノシシが。山に住むどうぶつたちが、本能を刺激され、次々と声を上げる。


「ブモォォォ!」 (イノシシ)


「キャァ――!」 (鹿)


「キィ――ッ!」 (ニホンザル)


「ヒョオォー!」 (天草四郎時貞)


 人が本能を刺激され、野生の獣となるならば、元より野生のどうぶつたちは――どうなってしまうのか。彼らは大挙して、一斉に山を下り、街へ押し寄せた。


◇◇◇


 白いパラソルのオープンテラス。

 丸いテーブルにはケーキスタンド。

 時折、マカロンをつまんでは、紅茶を口にする、西山ユリ。


「……優雅ね。実にエレガントでしてよ」


 アフタヌーンティーには早すぎる時間だが、ユリは持て余した時間をカフェで過ごす。学院で過ごす日々も素敵だが、独りで優雅な時間を堪能するのも大切なことだ。


 白いドレスが風になびく。

 丸い髪留めのツインテール。

 時折、目前の道を走り抜けるイノシシの群れ。


「……野生ね。実にワイルド……いや、ちょっとまてい!」


 街に入り込めば一匹でも騒ぎとなるイノシシが、大群で道路を走っている。しかも鹿もだ。猿もいる。


 これは、何事だ……?


 西山ユリ、オープンテラス。

 眼下に集うは、イノシシの群れ。


「……くっく、くっくっく」


 これがユリに与えられた使命ならば……

 異常事態と断ずるに些かの躊躇も持たぬ!


「……110通報や! みんな迂闊に外へ出るな!」


 ユリは店員に指示を飛ばしイノシシの群れを追いかける。本当は市役所農政課辺りが妥当だが、パニック状態だと110通報が確実だ。検索せずともすぐに電話できるし、後は警察が関係筋に連絡してくれるはずだ。


「……いっひっひ、待たんかい、イノシシども!」


 混乱状態で慌てる人が多い中、明らかにテンションが上がる人がいる。スポーツで左利きが有利であるように、特異な人は一定数存在するのだ。西山ユリは、その典型である。


 群れて走るイノシシ。

 その後を追うユリ。

 街はパニック。


 ――驚愕の次回へ!


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