4th イエロー・サブカルチャー
ギースは自宅で、ギターの録音をしていた。
ビリーのドラムに、ジョー (東) のベースを重ねた音源を、パソコンに取り入れる。それを土台にギターを録音するのだ。
リフひとつ弾くのも納得するまで何度でもやり直す。膨大な時間がかかるが苦ではなく、むしろレコーディング用ソフトの進化を楽しんでいた。
「ギターアンプやエフェクターをここまで再現できてるなんて、DAWって面白いな」
アンプシミュレーターはプラグインなので、正確に言うとDAWソフトではないのだが。それはともかくギースはリフを徹底的に弾き込んで録音を終了した。次はソロだ。
ギースは「VIRTUA FICTION」時代に「バンドはボーカルが全て、全ての楽器はボーカルを立てるために存在する」と叩き込まれている。ギターは所詮ライバルポジション。だがそれゆえに、一番おいしい立場にあると。
ロックにおいてギターソロは、ライバルが主人公を打ち倒す場面である。物語で最も熱いシーンであり、ギタリストとして最高のパフォーマンスを見せる特別な瞬間である。ギースはここで、煮詰まった。
旋律は決めてあるし、技術的にも無理はない。だが、もうひとつ特別な Something が欲しい……
「ねーねー、お兄ちゃんあそぼー」
妹が部屋に入って来た。気分転換にちょうどいい。
「いいよ。ゲームでもしよっか」
「あつもりがいい、あつもりしたいー」
「あつまれ どうぶつの森かい?」
──人間五十年、下天の内を比ぶれば、夢幻の如く也
「そっちの敦盛かよ!」
「だってお兄ちゃん、むずかしい顔してるもん」
「かといって能はやらないよ!」
「でもお兄ちゃん、サブカル好きでしょ?」
「能ってサブカルなの!?」
「うん、そうだよ。アニメの作画や脚本を論じるように、能楽師の技量や舞台の緊張感を味わって楽しむんだよ」
技量と、緊張感……
♪~
ギースのスマホが鳴る。着信音は「Hey Bulldog」。発信元はビリー。
「やあ、レコーディングは順調かい? ちょっと紹介したい場所があってさ……」
◇◇◇
北野坂にある教会の裏に、スタジオ「Octopus's Garden」はあった。録音ブースが一部屋あるだけの小さな店。ギースは扉を開ける。
「あの、予約していたんですけど」
「どうぞこちらへ」
店員の女性は丁重に案内するも、両腕にびっしりと刻まれたタトゥーとベリーショートの金髪、そして無数のピアスがギースに緊張感を強いていた。
「当店のオリジナルアンプは使用されます?」
「いえ、マーシャルを使います」
「JCM800とJCM900があります。一応JCM2000も……」
「……普通ので」
正直アンプより手持ちの機材で歪ませたいギースは、アンプにそこまでこだわらない。とはいえこんな小さい店舗の、どこにそんなアンプが置かれているのだろう。絶対にメサブギやEVH 5150もあるとみた。
ほどなく録音ブースにJVM210Hが設置され、普通とは何かと考えさせられたギースだったが、とりあえず Killer のギターと機材を取り出して、ソロの録音を開始した。
気持ちいい。
料理の画像と実食の差。音が質量を持った物質だと確信する倒錯感。魔法だ。魔薬だ。魔さしくこれが、魔ち望んでいたサウンドだ。この非科学的な感動こそが、エレキギターの本領だ。
ギタリストはWizardだ。
いや、ソロでは勇者の首を狙うWarRockだ。
録音自体は数分で終わった。最初に弾いたソロが最高の出来だったのだ。とはいえ時間が余ったので、ギースは多様なフレーズを弾いて楽しんでいた。
コントロールルームでギースのギターを聞いていた、ベリーショート金髪の店員は、通路に立つ常連客に話しかけた。
「彼、いいですね。大人しそうなのに殺意ある音で、カワイイ」
「……」
「気に入ってるんでしょ? アナタも」
「……」
常連客は何も言わず、黒いコートをひるがえして去った。店員はクスリと笑う。そろそろ時間だが、あえて好きにさせておこう。真面目そうな彼が時計を見たときの、動揺する顔が見たいから。
◇◇◇
スタジオを出たギースは、自分が気味の悪い人間だと自覚した。なぜならニヤケが止まらないからだ。今日録った音源は、店員の好意でスマホにも入れてもらった。それを聞く。何度も聞く。帰り道で、電車の中で、家に着くまで、何度でも。
ギースは知った。地球上最も楽しめる音楽は、自作音源だと。
「お兄ちゃんおかえりー」
玄関を開けると妹が出迎えた。音楽を超える唯一の声は、ヘッドフォンを外して耳にする。
「ただいま。ギターの録音してきたよ」
「どうだったー」
ギースは笑顔でサムズアップ。妹も親指を立ててウィンク、そして元気に叫んだ。
「熱盛 ぃ!」




