3rd エスカルゴ・フィールズ・フォーエバー
聖エスカルゴ女学院は、数多くの施設を備えている。教室はもちろん、コンサートホールや体育館、テニスコート、果ては遊園地まである。遊園地はエスカルゴパーク、通称「エスパー」と呼ばれている。
最年長の在校生である西山ユリは、観覧車の下で下級生たちに囲まれていた。
「ユリさま、昔テレビに出演なさっていた自称・超能力者の方々は、今どこで何をなさっているのかしら」
「……そっとしておいて差し上げなさい」
「ユリさま、昔テレビに出演なさっていた自称・除霊師の方々は、今どこで何をなさっているのかしら」
「……そっとしておいて差し上げなさい」
そうはいうものの、ユリは宜保愛子が大好きだった。遺影を前に「この方は生前、おいなりさんが大好物ね」と、しょうもない霊視をするセンスがたまらない。ちなみに実話である。
◇◇◇
エスカルゴ別館 録音棟。
ここはレコーディングのために建設された施設であり、ジョーこと東先生は学院より正式な許可を得て、ベースを収録している。その側では、打楽器講師の不破 (ふは) が筋力トレーニングに励んでいる。
「うおおおおおおおおおお!」
無許可で持ち込んだバーベルを上げ、大声を上げる不破。東は意に介せず涼しい顔でベースを弾く。彼のヘッドフォンからは、送られてきたビリーのドラムが流れていた。弾き終えるのを見計らって、不破が声をかける。
「おー、東先生、今日はレコーディングですか」
「ええ、そうです。せっかくですから録音棟を使わせてもらってます」
「うーん、それにしても意外ですな」
「どういうことですか」
「いやー、だってこの録音棟、マイクやアンプがたくさんあるじゃないですか。それなのにパソコンでレコーディングされるのですね」
「なるほど、そういうことですか」
東はベースをパソコンにつないで録音している。正確にはオーディオ I/Fを介して接続しているのだが、それでも周囲にあるスタジオ設備を使わないことが、不破には不思議に思えたのだ。
「いやー、東先生ほど音にこだわる方でしたら、直接音を出して録音すると思ったのですが」
「いえいえ、私なんていいかげんな人間ですよ。それに録音した音源はデータにした方が、後から加工しやすいですからね」
「えー、でも東先生はアンプやエフェクターも自作なさるほど、こだわってる方じゃないですか」
「それは大丈夫です。パソコンのデータで、自作エフェクターも再現しています」
「おー、さすがですね」
「もちろん自作アンプやスピーカーも再現しました。マイクの位置や種類が変えられるのは、元々ですけどね」
「むむー、録音プログラムも進化しているのですね」
「まあ打楽器の録音はシミュレーターより、直接音を出して録音することがほとんどですからね。逆に打楽器奏者じゃない人は、プログラミングされたドラムを使用しますけど」
東はパソコンをそっとなでる。
「ちなみにこのパソコンも自作です」
「まー、先生ならそうだと思いましたよ」
「ベースとつなげているオーディオ I/Fとシールド (接続ケーブル) も自作です」
「おー、徹底してますな」
「この防音室も、私が設計しました。安定した電圧の確保には苦労しましたよ」
「お……、おう、それは本当にすごい」
「録音棟の設計にも携わりましてね」
「ほぅ……」
「基礎工事の段階で、振動対策のためコンクリートを厚くしました」
「ま……まさか……」
「ミキサー車を運転したのは、あの時が初めてでした」
「こ……ここも自作?」
「建設費と土地の確保も、私が株価と政治家を……あ、いや。今のは忘れてください」
東は何事もなかったかのようにレコーディングを再開する。底知れぬ闇を垣間見た不破は、彼の背を見て、こう呟いた。
「おお……、器が違う……すごい漢だ」
◇◇◇
「ごちそうさーん、美味かったっす」
ビリーは居酒屋を出た。黒いスーツの店員たちが声を揃えて見送りの挨拶をする。
「道中お気をつけて!」
「道中お気をつけて!」
「道中お気をつけて!」
以前もテリーたちを連れてきた新鮮一家 二代目酒処「仁義」。値段も手ごろで味もよく、レコーディングの疲れをいやしたいビリーには最適の居酒屋だった。
空気が一変する。
店員たちは懐からチャッカマンを取り出し、大声で威嚇する。
「てめえ誰だコラ!」
「モーギュークラブの鉄砲玉かワレェ!」
「焼肉屋ごときが海鮮にケンカ売っとんちゃうぞコラ!」
ビリーが辺りを見渡すと、殺気を帯びた男が立っていた。
「あー、すんません。コイツ、俺の友人っす」
ビリーは店員をなだめ、その男を人目のつかぬ路地へ連れ込んだ。黒いフードで顔は見えないが、それが誰なのか考える必要もなかった。男はビリーに用件を話す。
「南斗さんから……伝言だ……」
「おいおい、久々だってのにせっかちだな。ルート以外は弾けるようになったかい?」
「大きなお世話だ……それよりギースに伝えろ……」
「なんでギースだよ。俺には何もねえのかよ」
「ギターの録音に行き詰ったら……ここに行けと……」
男は名刺を投げ捨てる。ビリーは咄嗟にそれを拾うと、男の姿は消えていた。
「やれやれ、名刺が好きな連中だねえ。さて、いいつけ通りギースに教えてやらねえとな」




