Act10 めたるあい宇宙
ライブハウス「ギガ・アミューズメント」の観客席で、カプリコーンの辻本社長はいまだ幕の上がらぬステージを見つめていた。その手には、送られてきた招待状が握りしめられている。
武藤 辺牙 (むとう べが)
かつてのドラム仲間であり、カプリコーン創設者の一人でもある。脱力を良しとするモーラー奏法を習得した辻本は、力を抜いた組織運営を行っていたが、強引な営業を行っていた武藤と衝突した。やがて武藤は会社を離れ、インドへ旅立った。
武藤はムトゥと名を変え、精神世界に没頭した後に、インド軍人として高い地位に上り詰めたと聞く。その彼がなぜ、今になって日本でライブを?
観客席にはオカルトユニット「The Octoday」の演者とスタッフ、そして出演前の「Deadly Rave」メンバーたちが集まっている。ライブハウスのBGMが終わり、SEに切り替わる。Led Zeppelin 「No Quarter」、陰鬱で冷たく幻想的な曲だ。
幕が上がる。
ステージ両脇には、髭のオジサンが二人、それぞれギターとベースを手にしている。マイクスタンドにはヨガのポーズで瞑想する少女、そしてドラムを叩く武藤辺牙、いや今はムトゥと呼ぶべきか。
ギターは2度と3度が独特なインド風スケールを、モジュレーション系のエフェクターと開放弦を混ぜた奏法で演奏している。まるで歪んだシタールだ。
ベースはボフボフとしたビンテージ感ある古い音。どんな機材かとよく見れば、ブリッジ側の弦の下に台所用のスポンジを詰め込んでいる。なんて雑な改造、だが悪くない。
辻本がいよいよドラムを聞き込もうとしたとき、ボーカルの少女が浮いた。
浮いた?
辻本が二度見する。少女は後ろ手に両足首を掴み、反り返るような姿勢。あれは噂に聞く「水魚のポーズ」、彼女は額の中央を赤く光らせ宙に浮いている。
「パオーン」
「パオーン」
ステージの両脇から、二匹のゾウが現れた。そんなバカな。どうやってライブハウスに入ったというのだ。少女クマリの黄色いワンピースが、風もないのにひらめいた。魂の迷宮に灯火が宿り、神秘の言霊が降り注ぐ。紡がれた詩の内容は、クマリにもわからない。
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मन्त्र (mantra)
作詞:कुमारी
作曲:Shadowlaw Brainwashing Music Corps
(メロディは無く輪廻の音色が響く)
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गते गते पारगते पारसंगते बोधि स्वाहा॥
गते गते पारगते पारसंगते बोधि स्वाहा॥
夢見る者よ、私に捧げよ
गते गते पारगते पारसंगते बोधि स्वाहा॥
गते गते पारगते पारसंगते बोधि स्वाहा॥
辻本は咄嗟に耳をふさぐ。「The Octoday」の演者三人は姿を消し、残されたスタッフは正気を失い始めている。それは観客も同様で、みな一様に狂い始めている。
「こ……これは洗脳じゃ! 歌ではない!」
いち早く気づいて耳をふさいだ辻本は、なんとか正気を保つものの、ムトゥが叩くドラムの振動が徐々に侵食してくる。苦しむ辻本を、ムトゥは笑う。
「カプリコーン辻本よ! 私は帰って来た!」
「ムトゥーーーーーーーーー!」
辻本最後の絶叫を誰が聞く。
精神世界を研究し、音による洗脳で人の支配をたくらむムトゥか?
部下に命令し、軍で開発中だった音響兵器を強奪させたムトゥか?
歌姫クマリの超常的な能力を見つけ、洗脳に加担させるムトゥか?
────否!
テリーは夢を見ない。
だからテリーは洗脳が通じない。
テリーは客席からステージへ走る。
マイクスタンドに手を伸ばすテリー、しかし勢い余ってクマリに頭をぶつけてしまう。その刹那、二人は魂の迷宮を共有してしまった。お互いの意識と知識が混ざり合い、対話と拒絶が交差する。
────クマリ、なぜこんなことするんだ
大佐の邪魔するいけない人────
────音楽は洗脳の道具じゃない
争いを無くす唯一の手段よ────
────人は単純だけど、人生は難解なんだ
「クマリ! 奴との戯言 (ざれごと) はやめろ!」
二人を魂の迷宮から引き離すムトゥの声。テリーはクマリの説得をあきらめ、ステージから客席を見下ろした。洗脳で朦朧とする観客たち、彼らの目を覚ますには……
テリーは客席へ飛び込んだ。
衣服をステージへ置き去りに。
一糸まとわぬ姿となって、観客たちに自分の全てを見せつけた。
「ギャー――ーー!」
「うわあああああ!」
「ヘンタイだ!」
予想外の光景に、正気に戻る観客たち。そして阿鼻叫喚のフロア。何が何だか分からないライブハウスで、西山ユリの声がこだまする。
「このガキィ! またやりやがったな! なにさらしよんじゃワレ!」
「ボクがさらしたのは■■だよ! 皆を正気に戻そうと……」
「じゃかましい! 今度ばかりは許さんぞ!」
全裸で逃げるテリーを、白いロリータファッションのユリが追いかける。そんな光景を見てクマリは、小さく微笑み呟いた。
「白いほうが勝つわ」
◇◇◇
いつのまにかムトゥは姿を消した。ドラマーがいなくなったステージで、呆然とするクマリと二人のオジサン。
「やれやれ、ワシが出張らんと締まらんのう」
辻本がステージに上がり、ドラムを叩き始める。合わせてオジサン二人も演奏を始め、クマリとテリーが歌いだす。歌詞は即興で紡ぎ出し、観客は総出で踊り出す。一糸乱れぬその動き、そこに理由や理屈は無い。
◇◇◇
मत सोचो……महसूस करो।……




