Act 8 忍風変態フハジンジャー シュシュッと THE BASS
聖エスカルゴ女学院は、多くの一流ミュージシャンを輩出した音楽学校である。卒業生のみならず講師にも華々しい経歴を持つ者が多く、在校生はそれを誇りに感じていた。
放課後の学院で西山ユリは、今日も下級生たちに囲まれている。
「ユリさま、V系の元祖となるバンドって、X JAPAN で間違いないかしら?」
「戦争になるから、お止めなさい」
「そうよ、V系の元祖は DEAD END に決まってますわ。ねえ、ユリさま?」
「戦争になるから、お止めなさい」
平和を愛するユリは、論争になりそうな話に加わらない。彼女にとって至高のV系バンドは D'ERLANGER で、元祖がどうとか些細なことは気にしない。それがエレガントな婦女子というものだ。
ただしカップリングは話が別だ。ヘタレ攻めはありえない。ギャップ萌えなど論外だ。異論反論許さない。これがエキサイトする腐女子というものだ。喧嘩上等かかってこいや。
そんな彼女たちの側を、ベース講師の東が足早に通り過ぎる。彼は学院内で、目立つ存在ではなかった。
「ねえユリさま、東先生って影が薄いと思いません?」
「ねえユリさま、やっぱりベーシストって華が無いですわね」
軽く咳払いをしてユリは語り出す。
「コホン。いいですか皆さん、よくお聞きなさい……」
◇◇◇
東先生ことジョーは、「Deadly Rave」のベーシストでもある。今日は早めに学校を出て、スタジオへ向かうつもりだ。
「おやー、先生お帰りですか?」
同僚の打楽器講師、不破 (ふは) が声をかけてきた。彼もまた、学校を出ようとしている。
「ええ、この後スタジオがありますので、早めに行こうかと思いまして。不破先生はエスカルゴ以外の学校で、非常勤講師をされてましたよね。今からそちらへ?」
「いやー、実はその学校はクビになりまして」
「ええ! 何かあったんですか?」
不破は照れくさそうに頭をかく。
「いやー、音楽学校や大学の、講師紹介ってあるじゃないですか」
「ウェブサイトやパンフレットにありますね」
「はいー、そこに掲載されている写真が、クセ強くて笑っちゃうんですよね」
「なんとまあ」
「その……、何と言いますか。非常勤講師してた学校の、特に声楽講師の写真がですね、全員ギラギラの衣装でキメキメのポーズでして」
「音楽学校あるあるですね」
「いやー、思わず『熟女のキャバクラみたいですなー』と口走ったら校長に聞かれまして……」
「そりゃいけない」
なんでも思ったことを口にして良いわけではない。場合によっては大問題だ。
「ところで不破先生は、どんな写真だったんですか」
「まあー、普通に全裸でしたけど」
「え?」
「あのー、何か?」
いや、何か? じゃなくて……そう言いかけたが、東は口を閉ざした。そもそも不破のクビも、本当に余計な発言によるものだったのだろうか。もっと根本的な理由があるような気がしてならない。だが触れたくないので何も言わない。無難なアンサー、それが東の選択だ。
「まあ、女性はいくつになっても美しいですよ」
東はそう言い残し去って行く。不破はその後ろ姿に向かって呟いた。
「おお……、器が違う……すごい漢だ」
◇◇◇
「影が薄く目立たないことが、一流の主役である証なのです」
ユリの主張に、下級生たちが目を丸くする。
「で、でもユリさま、アニメや小説の主役は目立ってましてよ?」
ユリは小さく首を振る。
「アニメや小説は、あなたの人生にとって脇役でありライバルですわ。あなたの物語の主役は、あなた自身でしてよ」
「じゃあベースは……」
「音楽という物語の中心で、楽曲や他の楽器を引き立てる。そして必要とあれば前へ出る。それがベースという主役の役割ですわ」
「でも主人公は、いつも派手に活躍するものでは?」
「主役が派手で目立つのは、物語の導入か、内容が浅いかのどちらかでしてよ。面白く深い作品ほど、脇役やライバルが派手に活躍するものですわ」
なんとなく良いことを言った雰囲気を漂わせ、さりげなくキメキメのポーズを取る西山ユリ。
ただし彼女自身は、白いロリータファッションに身を包み、厚化粧で顔を塗りたくった、学院でも屈指の派手な人間である。
下級生たちは薄々その矛盾に気づいていたが、空気を読んで口にしなかった。
無言でアンサー。それが下級生たちの選択だ。
◇◇◇
重音山 金属寺。
その本堂で、和尚と僧侶が総出の祈祷を行っている。
ノウマク サンマンダ バサラダン センダン
マカロシャダ ソハタヤ ウン タラタ カンマン
元来、禅寺では真言を唱えない。
だが今は事態が切迫しており、手段を選んでいられない。
ノウマク サンマンダ バサラダン センダン
マカロシャダ ソハタヤ ウン タラタ カンマン
護摩焚きの炎が激しく揺れる。
飛び散る火の粉が和尚の顔を焼くも、一心不乱に祈りを捧げる。
──あれが、あれが来る。




