Act 7 特別編・韓国バンド物語 ─後編
「Soul Edges」の来日当日、西山 (兄) のスマホに電話が入る。
「はい、西山 (兄) です」
「もしもし、関西空港ですが」
「はい?」
「韓国から来日されたバンド『Soul Edges』の受入責任者の方で間違いありませんか?」
「ええ、はい。何か問題が……」
「彼らは鋲や針の付いた装飾品を多数所持しています。これはライブ衣装だと説明していますが、お間違いありませんか?」
「あーはい、お間違いないです」
「承知しました」
ふう、ビビった。彼らも無事に来日できたようだ。
◇◇◇
ライブは大盛況のうちに終わった。観客で埋め尽くされた「ギガ・アミューズメント」に西山 (兄) は涙した。出演するバンドは会場を盛り上げ、テリーも余計なトラブルは起こさずヘッドライナーの「Soul Edges」へバトンを渡した。
言うまでもなく「Soul Edges」の実力は本物だ。堅実な安定感を重視したプロ中のプロ。音楽学校の講師だけでバンドを組めばこうなるのでは、そう思わせる演奏だった。ノリノリで聴くというより、腕を組んで「上手いな……」と呟きたくなるバンドだった。
ライブ後は西山 (兄) のおごりで、全バンド関係者合同の打ち上げパーティを開くこととなった。とはいえ焼肉屋を借り切っただけの話だが、それでも大人数だ。
演奏中に気付いたが、実は「Soul Edges」のバンドメンバーは男性四人で、同行する女性はバンドのスタッフ (裏方) だった。彼女は片言でおぼつかないとはいえ、一応通訳も兼ねている。
そして前回の来日時にはいなかった、スーツの男性がいる。彼は韓国のレコード会社から来たマネージャーだ。
大いに盛り上がるパーティ会場、そしてゲッソリとやせ細る西山 (兄) 。彼は妹の西山ユリに、「Soul Edges」の女性スタッフと会話するよう促した。それは彼なりに、人脈を作らせようとする配慮だった。さて日韓の女性対談、どんな会話が始まるか。まずはユリが話しかけた。
「韓国の人は、普段なにを食べますの?」
ズッコケる西山 (兄) 。どうぶつ園でキリンの大好物を聞く幼稚園児のような質問に、韓国人スタッフは真顔で答えた。
「韓国人は、ご飯を食べます」
さらにズッコケる西山 (兄) 。そんなこと知っとるわ! せめてオカズで答えろよ! それはユリも同感だったらしい。
「そ、そうなのね。やっぱりみんなキムチが好きなの?」
ユリのくだらない質問に、なぜかマネージャーが答えた。
「いや、私はキムチが大嫌いなんですよ。辛いし臭いし昔っから苦手で。まあ韓国人はキムチ好きって思われてるから、イメージ壊したくなくて国を出たら言わないようにしてるんですけどね、ハハハ」
いや、めっちゃ日本語しゃべれるやん。てかお前が通訳せえよ。兄もユリもそう思ったが、彼らにもいろいろ事情があるのだろう。
◇◇◇
打ち上げパーティは終わり、ライブ関係者はそれぞれ帰宅していった。「Soul Edges」のメンバーは、近くのホテルへ向かっている。案内を兼ねて、ギースは彼らに同行した。
やがてホテルのロビーに荷物を置いた彼らは、マネージャーを除き全員ギースの前に集まった。そこには女性スタッフもいた。英語は通じるギースに、彼らは別れの挨拶を述べると思いきや、衝撃的な発言をしたのだった。
「ギースさん、今夜泊まれる宿を紹介してください」
……はぁ?
「ギースさん、できれば一人2000円以内だと助かります」
……はぁ?
動揺するギースは思わず聞いた。
「……じゃあ、このホテルは……」
「これはマネージャーが宿泊するホテルです。彼の好意で、荷物を預かってもらいました。私たちはこれから、宿泊先を探さなければなりません」
この瞬間、ギースは人生で最大のカルチャーショックを受けていた。
マネージャーは予約していたであろう立派なホテルで宿泊し、バンドメンバーは言葉も通じない異国で放置だと? しかも予算が2000円? このホテル宿泊費の何分の一だ?
これは善悪の問題ではない。価値観の話だ。似たような文化圏の、すぐ隣の国であっても、常識は大きく異なるのだ。
事前に言ってくれれば、手の打ちようもあっただろう。しかし当日その場で、しかも2000円の予算となれば厳しいものがある。女性を含め五人分の宿泊費を自腹切れるほどギースは裕福でもないし、かといって尊敬できるプロミュージシャンを、ネットカフェに泊まらせたくない。
悩むギースが見上げた空には輝くネオン……ん、あれは?
「神戸クアハウス 宿泊(サウナ.入湯料込み)2600円」
注釈:クアハウス≒健康ランド (スパリゾート)
◇◇◇
夜明けの繁華街に、ギースと「Soul Edges」のメンバー、そして女性スタッフが立っていた。実はギースにとっても、サウナで宿泊するのは初めての経験だった。予想を超えて広く清潔、しかも女性宿泊場はアメニティが充実しているうえに炭酸泉もあったという。
別れの挨拶をして帰ろうとするギースを、「Soul Edges」のメンバーが引き留めた。
「私たちは、どうしても日本で行ってみたかった料理店があります。ギースさんをそこでご馳走したいです。場所は事前に調べています」
それより先に宿泊先を調べとけよ。そう思ったギースだが、彼らの好意に甘えることとした。やがて店の前に辿り着き、彼らは入店をうながした。
──吉野家。
【筆者より】
薄々お気づきかもしれませんが、「特別編・韓国バンド物語 」はほとんど実話です。聞いた話を元にしたものではなく、筆者の実体験に脚色を加え執筆しました。
登場人物やバンド名は別にして事実と異なるのは、「吉野家」が当時BSE騒動で牛丼を提供しておらず、やむなく「すき家」で豚丼をご馳走になったくらいです。
特に会話の内容は、マジで当時のままですわ、ホーッホッホッホ!




