Act 5 プロジェクト・B・グッド
李 琳琳 (リー・リンリン) にとって、「Deadly Rave」のライブは衝撃的だった。
リンリンのバンドより先に、彼らの公演が行われたのだが、驚きの連続だった。中国のライブハウスに比べ天井は低く感じたが、「ギガ・アミューズメント」のキャパ (収容人数) は思っていたより大きかった。だが彼女を驚かせたのは、そこじゃない。
まずアドリブの効いた演奏が凄かった。そしてボーカルが歌い出すと、客席にいた女性が悲鳴を上げた。旗袍 (チャイナドレス) にも似た衣装の女性は、恐らく「なんでまたバラすのよ!ぎいいいい!」と叫んでいたと思う。日本語は難しくて、少ししか分からない。
その後、ボーカルが服を脱ぎ出しフロアに飛び込んだのは、そんなに驚かなかった。中国でも過激なジャンルではよくあることだ。やがて揃いの衣装と帽子を着込んだ彼のファンが、フロアになだれ込んできた。ボーカルは彼らと共に、派手なLEDを点滅させた車でライブハウスを去った。
すごいパフォーマンスだ。これが中国だったら、治安管理違反で公安に連行されたと勘違いしただろう。もちろん、これは演出に決まっている。迫真の演技でボーカルを罵倒するバンドメンバーも素晴らしい。
女性マネージャーらしき人が、「あのガキぶち殺したる」と過激なことを口にするのは、美国 (アメリカ) のミュージシャンでいうところの「FUCK」みたいな感嘆詞だろう。そういえば彼女の顔が、京劇の役者並みに厚化粧なのも日本のトレンドだろうか。
幕が下り、リンリンたちの出番が近づいた。
◇◇◇
SEで流れるのは、リンリンの希望により 六翼天使 (Seraphim) 「愛悔恨 (Love Hate) 」。美しいソプラノで歌い上げるパワーメタル。中国語の美しさを世界に知らしめた、誇るべき中国語圏のバンドだ。
幕が上がる。
リンリンは震えている。
生まれて初めてのステージなのだ。
それがこんな大舞台で……足がすくみ、立つのがやっとだ。
「大、大家好……我……我……」
リンリンは何も言えない。予定していた挨拶も、大声で叫ぶはずだったバンド名も。曲の歌詞もこの時点で全て忘れ去り、隠し持っていた歌詞を書いた紙も、どこかへ行ってしまい見当たらない。
数人の男たち相手でも、功夫で戦うなら怯まない。なんなら百人相手でも、死を覚悟して戦える。だが今のリンリンはライブハウスの観客が、怖い、怖い、怖くてたまらない。
クワン。
ドラムの腿 (タイ) がチャイナシンバルを叩く。
クワン。クワン。
リンリンが後ろを振り返る。
クワン。クワン。
クワンクワン、クワクワクワクワン。
クワン。
腿 (タイ) がスティックを天にかざし、大声を張り上げる。
「我ら三人、生まれし日、時は違えども!」
(我等三人,不求同年同月同日生)
ベーシストの毅 (ギ) がフジゲンのベースを天にかざす。
「兄弟の契りを結びしからは、心を同じくして助け合い!」
(既结兄弟之义,当同心协力)
ギタリストの昕 (シン) がフライングVを天にかざす。
「志 (こころざし) ある琳琳大姐を救わん!」
(当救有志之琳琳大姐)
昕 (シン) がギターで♭5thを加えたブルースペンタのイントロを弾く。アドリブだが、兄弟ならわかってくれるだろう。そう信じてダック・ウォーク (アヒル歩き) でステージを走り回る。
毅 (ギ) にとってそれは簡単なことだ。要はスリーコードを回して弾けばよいのだろう? そう解釈してベースを好き勝手弾き始める。ジャズと呼ぶには単純で、ロックと呼ぶには原始的。
腿 (タイ) がタイトなタイム感で太鼓を叩く。いや、違った、叩くのはドラムだ。2ビート、いや8ビート、隠し味はシャッフル。地味に難しいリズムを要求しやがって……
魂の迷宮に灯火が宿り、神秘の言霊が降り注ぐ。紡がれた詩の内容は、リンリンにもわからない。
リンリンはマイクスタンドを棒術の演舞のごとく振り回し、心に浮かんだ詩を歌う。彼女は思うのだ、自分をこの場に立たせてくれた、あの青年は無事だろうかと。たしか彼の名は……
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徐 必郭 (ジョ・ビーグォ)
作詞:李 琳琳
作曲:琳琳大姐亲卫乐团 (暂定)
(メロディは読者が自由に思い浮かべてください)
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♪顔を上げてステージに立ち
顔を下げて君を想う
ライブなんて初めてだけど
見事に歌いきってやる
郭!郭!郭!郭!徐 必郭 (ジョ・ビーグォ)
春の居心地に慣れすぎて
朝が来てても目が覚めず
ギターの音で目を覚まし
花が落ちること多少知る
郭!郭!郭!郭!徐 必郭 (ジョ・ビーグォ)
スカジャンにリーゼントの痩せた男が、フロアでツイストを踊り出した。彼はその日、偶然にも「ギガ・アミューズメント」に来ていた「N.G.K.重金属楽団 R.C」のマネージャー、KAZUYAだ。
「どえれえクールなバンドじゃねえか、気に入ったぜ」
今夜は朝までロックンロール。リンリンとその一味は、ライブハウスを古き良き50'sアメリカのロカビリー・ダンスホールに変えた後、中国へ帰って行った。
注釈:「六翼天使 (Seraphim) 」は台湾のバンドで、中国語メロスピというぶっ飛んだ音楽性。しかもボーカルがデスボイス+女性ソプラノという比類無き個性。デビューアルバム「不死魂 (The Soul That Never Dies) 」の2曲目「愛悔恨 (Love Hate) 」は必聴。マジで。




