Act 4 萌えよドラゴン
中国屈指の電脳都市、臨江。その下町にある食堂で、李 琳琳 (リー・リンリン) は炒飯をテーブルに運ぶ。
「久等了、大份炒饭来了!」
(お待たせ、大盛り炒飯だよ)
昼時は忙しく、翡翠色の髪留めは揺れっぱなしだ。
「琳琳、炸酱面好了、端过去!」
(リンリン、ジャージャー麺できたよ、運んでちょうだい)
「两份红烧肉盖饭!」
(角煮丼二人前入りました)
……………………
戦場のような午饭时间 (ランチタイム) が終わり、リンリンは客席で一息ついた。そのテーブルには客の忘れ物である音楽雑誌があり、何気なく目を通すと「死亡咆哮」 (デッドリーレイブ) という日本のバンドのライブレポートが載っていた。
「文字で音は聞けないからねえ……」
リンリンは手机 (スマホ) で「Deadly Rave」を検索した。公式な音源は無いようだが、ライブを撮影したショート動画が見つかり、彼女は閲覧した。
……なるほど、凄いバンドだ。もし日本に行けたら見に行きたいな。あるいは自分のバンドで対バンしたり、なんて憧れるな。
歌には少々自信はあるが、楽器も弾けないしバンドもない。日本なんて行く理由もなければ、お金もない。スマホをテーブルに置き、再び音楽雑誌に目を向けた。
そのページには、近日中に地元臨江のバンドが、日本で「Deadly Rave」とライブすると書いてある。リンリンは頬杖をつき、小さく息を吐いた。
「琳琳、外卖来了、帮个忙!」
(出前が入ったよ、手伝っておくれ)
店の厨房で店主が叫ぶ。やれやれ、仕事するとしようか。
◇◇◇
友人である「新開地ラウ」の仲介で、日本のライブハウス「ギガ・アミューズメント」に出演することになった青年は、臨江の裏通りを歩いていた。
ソロシンガーであった彼を、所属事務所はバンドとして売り出したいらしく、妙にキャラが濃いバックバンドを用意した。それだけでも頭が痛いのだが、地元のいかがわしい連中を束ねる男が、自分の息子も出演させろと青年を脅していた。
裏通りの寂しい場所を通過する。足もとにネズミが走り、怪しい男たちが道をふさぐ。
「喂、你这家伙、为什么不听老大的话?」
(おい、お前はなぜボスの命令を聞かない)
「脅しても無駄だ。俺は暴力に屈しない」
「你说什么?喂、大家一起干掉他!」
(なんだと、おい、やっちまえ)
数人の男たちが青年に暴行を加える。彼らは執拗に、青年の喉を狙った。要求が通らないなら、せめて音楽活動は出来なくさせる。悪党の陰湿な流儀だ。
カッ。コロン……
空き缶が転がる音がした。男たちが振り向くと、裏通りの先に小娘が立っていた。料理店での仕事を終え、帰宅途中のリンリンだ。風もないのに翡翠色の髪留めが揺れている。
「这儿封了、走别的路吧你」
(ここは通行止めだ、他へ行きな)
「要不、陪哥哥们玩玩?小妞」
(それとも俺たちと遊びたいのかな)
男たちは笑う。リンリンは、意外なことに彼らの前へ歩み出た。一瞬、時が止まる。
「哈!」
少女の声が、周囲に響き渡る。そして男の一人が吹き飛んだ。ダンプカーに追突されたように、細い路地のゴミ箱や段ボールを弾きながら、男は飛んで行った。
何が起きたのか理解できない。誰もがそう思った。リンリンはさらに前へ出て、地面を激しく踏み抜き、大きく右手を突き上げる。
「呀!」
ものすごい声量に劣らない衝撃音。吹っ飛ばされた仲間を呆然と見ていた男は、自分が垂直に宙を飛ぶとは思わなかった。わずか数十センチとはいえ、細身の少女に出せる打撃の威力ではない。リンリンは左手を前に構え、流派と技の名を告げる。
「中国山陰武術、鸟取砂丘拳『二十世纪梨掌』」
(アールシーシーチーリージャン)
残った男たちは散り散りになるも、逃げ遅れた男が天国と地獄を味わうこととなる。
「鸟取砂丘拳『水木鬼脚』」
(シュエイムーグエイジャオ)
リンリンは宙を舞い、男の顔を両足で挟む。足フェチが多い中国人男性の一人である彼は一瞬ニッコリするも、体ごと一回転し、頭から地面に叩きつけられグッタリした。
「你的功夫还不够」
(あなたには功夫が足りないわ)
地に伏した男にリンリンは言葉を吐き捨てた。そしてうずくまる青年の元へ駆け寄り声をかける。
「大丈夫ですか! すぐに救护车 (救急車) を呼びます!」
「……それより君……凄くいい声……してるね……」
「無理に喋らないで!」
「……お願いがあるんだ……僕の代わりに……日本へ……」
◇◇◇
──中国張飛航空354便は、ただいま関西国際空港に到着いたしました。
「ここが……日本か……」
リンリンはキャリーバッグを引きながら、空港内を歩く。その後ろを三人の男たちが付き従っていた。彼女は彼らに声をかける。
「皆さん、当日はよろしくお願いしますね」
「よろしくお願いします、琳琳大姐!」
「よろしくお願いします、琳琳大姐!」
「よろしくお願いします、琳琳大姐!」
「いや、もっと肩の力を抜いてもらった方が……」
「何を申されます琳琳大姐! あなたがいなければ、来日公演はキャンセルになるところでした。この御恩は決して忘れません。私は北京電子音律特級六弦奏師、ギタリストの昕 (シン)」
「特級六弦奏師って何だよ」
「そうですとも琳琳大姐! あなたは我々と共に出演予定の青年を助けた上に、悪党どもを功夫でこらしめたというではありませんか。まさに義侠の鏡。私は四川秘伝麻辣料理特級師範、ベーシストの毅 (ギ) 」
「その資格、音楽と関係なくない?」
「まったくです琳琳大姐! 背は低く細身でありながらも、十分に鍛えられたそのおみ足。私が仕えるにふさわしい。私は全中華足部美学特級鑑定師、ドラマーの腿 (タイ) 」
「警察叔叔、在这边」
(お巡りさん、こっちです)
一人変なのが混ざって……いや全員か。とにかく李 琳琳 (リー・リンリン) と三人のバンドマンは、「ギガ・アミューズメント」に向かうため空港を出るのだった。




