10 あの懐かしい歌をもう一度
神田には勝算があった。
どうせ最後は「Deadly Rave」のテリーが本人しか知り得ない何かを暴露して、全てを終わらせようとするのだろうが、今回ばかりはそうもいかない。
梅香 瑠賀子 (ウメガ・ルガコ) は、何も暴けない。
何も隠すことがないどころか、みずから全裸となってフロアを駆けまわる女だ。乙女チックな部分も隠すつもりなら、ハローキティのギターは使うまい。恐らく人生において何一つ恥じず、常日頃から全てを晒している。
さあ、暴けるものなら暴いてみろ、テリー!
◇◇◇
ライブハウスのBGMが、「Deadly Rave」の指定するSEに切り替わる。南こうせつとかぐや姫「神田川」。グラインドコアを聞かされた後で流れるフォークソング、フロアから笑いが出るも、神田は自身がバカにされたような気になり地団太を踏んだ。
「なんでよりによって、この曲なのよ!」
幕が開きステージには「Deadly Rave」が揃っている。だが、ギターのギースが手にするのはアコースティックギター? いや、よく見ればヤマハのエレアコだ。アンプにつなげば音が出せるはずなのに、マイクをギターの前に立て、椅子に座って弾くつもりらしい。
ボーカルのテリーが手にするのはタンバリン。ドラムは柔らかくもパーカッシブに叩かれ、音数の少ない控え目のベースが響く。そしてエレアコのギターは、指でつま弾くアルペジオ。完全に70年代フォークソングじゃないか。
驚愕する神田だったが、同時に安堵していた。なるほど、今回は勝負を捨てたらしい。今夜このライブハウスで、ブルータルなデスボイスやハイトーンのシャウトを聞くことは無さそうだ。
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同人を知らない時代の大人たち
作詞:テリー
作曲:ギース
(メロディは読者が自由に思い浮かべてください)
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♪覚えていますか
少年漫画を同人にして
主人公とライバルが愛し合う
ボーイズラブを書いたこと
意外に売れた同人誌
噂を耳にした関係者
やがてそれは原作者に届き
強い怒りを、買ったのさ……
♪忘れちゃいましたか
出版社から著作権侵害
警察はわいせつ物頒布罪
二つの書面が届いたこと
原作者と警察を怒らせ
民事と刑事で裁判沙汰
そして君は法廷に立ち
弁護士立てて、争った……
「AAAAAAARRRRRRRRRGGGGGGGGHHHHHHHH!」
「R.O.ISHTAR」CEO神田による見事なデスボイス。
「なんでよ! なんでまた私なのよ! ぎいいいい!」
フロアに忍び込み、秘かに神田を監視していたユリが呟いた。
「……時代が悪かった。昔は同人に対し、今ほど理解は無かったんや。それとテリーは、自分でも何を歌うかわからん。あんたは、悪くないで」
その声は神田に届かない。そんなユリの肩を、SMK音楽事務所の西山 (兄) が叩く。毎回 (兄) と書かないと、筆者も読者も混乱する。
「ようユリ、久しぶりじゃねえか」
「……あらお兄さま、ごきげんよう」
「それにしてもフォークソングとは懐かしいな。さすがに世代じゃねえが、俺たちが子どもの頃は、まだ名残があったよな」
「……さあ、私は覚えてなくてよ」
「テレビのチャンネルはダイヤル式だったし、ジュースも瓶で、王冠の裏側にスターウォーズのキャラとか印刷されてたよな」
「……さあ、私は知らなくてよ」
「まあお前は女の子だしな、知らなくて当然さ。そういやいつもテレビの前で、ピンクレディの振り付けを覚えようとしてたっけな」
「……さあ、記憶違いだと思いましてよ」
「おいおいどうした、本当に忘れたのか? そういやお前とハローキティは同YYEEEEAARRGGGH!」
SMK音楽事務所の西山 (兄) による見事なデスボイス。そしてフロアに倒れて落ちた。ユリは兄の鳩尾に叩き込んだ自分の拳を見て、寂しそうに笑った。
◇◇◇
「ガハハハ、いいバンドじゃないか『Deadly Rave』、気に入ったぞ」
梅香の豪快な笑い声がライブ後の控室にとどろく。「ギガ・アミューズメント」ほど大きな箱ではないため、控室は一つしかなく全バンドで共用だ。そこが和やかな雰囲気に包まれる中、ビリーは「ザ・ギャンブルブラザーズ」のドラマーに声をかけた。
「あンた凄腕だな、名前は?」
「……MEW (ミュー) 」
「哭きのMEW!」
ライブ前はリハーサルや機材チェックで忙しく、バンド同士で互いに話す暇がない。ゆえにライブ後の控室は、出演バンドにとって貴重な空間だ。情報交換や人脈作り、仲良くなって合同で打ち上げなんかも珍しくない。ギースは梅香に話しかけた。
「歌っているときはすごい声でしたね、でも今は普通です」
「当然だ。コントロールするから芸術なのだ」
「生まれつきの声ではないんですね」
「生まれつきや偶然に美しいものは、芸術的だが芸術そのものではない。まして人が創るものなら、技術無くして芸術無しだ」
「誰にでも出来ることではないです」
「誰にでも出来る再現性は科学に求めるがいい。芸術も科学に立脚するが、目指すのは自分にしか出来ない表現だ。そうだろ?」
テリーは一人で裏口から出て、夜風に当たっていた。彼は空を見上げ、月に呟く。
「楽しかったね、お前もそう思うだろ?」
「…………にゃーん」




