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09 もしもブラストビートが叩けたなら


 SMK音楽事務所の西山 (兄) は、往年のコミックバンド「ザ・ギャンブルブラザーズ」と「Deadly Rave」のツーマンライブが行われると聞き、ライブハウスへ足を運んだ。


 SEが終わり、幕が開く。ステージにはしょぼくれたオッサンが三人と、赤いドレスのごつい女。いや、女か? 2m近い身長と隆起した筋肉は、性別以前に人類の枠組みに入れていいのか確信が持てない。


 演奏が始まった。「ザ・ギャンブルブラザーズ」は、上手い。


 かつてデビュー曲で大ヒットしたものの、その後は鳴かず飛ばず。それでも、ステージに立ち続けた。自分たちの曲じゃなくても、依頼されればジャンルを問わず何でも演奏した。食うために文句も言わず、生きるために数をこなした歴戦の傭兵だ。


 それにしても……今日は激しすぎないか?


 元々はゆるい電波ソングを持ち歌としていた「ザ・ギャンブルブラザーズ」が、今ステージで演奏しているのはグラインドコアだ。度を越した高速テンポ、極端なダウンチューニング。デスメタルに近い音楽性だが、演奏技術の高さすら暴力的な衝動に飲み込む、ハードコアパンクの極北だ。


 あまりの過激さに、西山は笑いがこみ上げてきた。


 余韻を残さないバスドラムがポンポン、ハイハット代わりのライドシンバルがチーチー、乾いたスネアがカンカンと哭っている。ポン、チー、カン、ドラムの基礎である三つの音が哭くとき、ジャンキー (雀鬼) は本性を晒す。


「ジャンルの拘りは──俺 (おいら) にはない」


 西山は思い出した。奴の名はMEW (ミュー) 、「哭きのMEW」だ!


 ベースは低音よりも、歪んだ高音が目立つ個性的な音色。古今東西、数あるベーシストがいる中で、本日演奏いたしますは、パチンカス金子。どのようなコード、テンポが揃いましても、全てジャンジャンバリバリ、ジャンジャンバリバリと鳴らしてございます。


 心なしかベースアンプが激しく瞬いたような気がした。西山の頭に軍艦マーチが流れてくる。


 そしてギターのダービー杉本、スタートしました。リフが早い、追いつくか、追いつくか。さあオルタネイト・ピッキングで一気に突き抜けた。ああっと、テンポがおかしい! おかしい! さあどうなる、第四小節を抜けた、来た、ギター来た、走る、ギターが走る、ギターが走る!


「差せ! 差せ! 差さんかい!」


 思わず絶叫する西山。ステージはいつも生涯一度の夢舞台。


 ステージ中央に立っていた、人類規格外の女が動く。広い背中に隠されていたウクレレ、いや違う、あれはピンクのエレキギター。中央に大きなキティちゃんが描かれている。フェンダーとハローキティがコラボした限定モデルのギターだ。


「ガハハハ、有難く使わせてもらうぞ神田!」


 女──情報によれば、聖エスカルゴ女学院在学生、梅香 瑠賀子 (ウメガ・ルガコ) 。彼女はピンクのギターを鳴らしつつ低い唸り声を出す。デスメタルの歌唱法、グロウルだ。



 ♪GRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR!

  GRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR!



 歌詞など聞き取れない。旋律すら掴めない。人の声とも思えない。それが、グロウル。だが、決して乱暴で力任せの唸り声ではなく、難度の高い歌唱法である。自己流で真似すれば声帯を破壊する危険な技術だ。梅香 瑠賀子は、ライブハウスを地獄の咆哮で埋め尽くす。


 だが、西山に違和感が走る。あれ、この曲、知ってるぞ?


 グラインドコアで過激なアレンジはされているが、なじみのあるポップなコード進行。聞き覚えのある旋律。そうか、わかったぞ。これは「ザ・ギャンブルブラザーズ」唯一のヒット曲、昔流行した電波ソングだ!



  ────────────────

  萌えろ!お兄たん - GRINDCORE Ver.

  作詞:ザ・ギャンブルブラザーズ

  作曲:ザ・ギャンブルブラザーズ

 (このライブでは歌詞を聞き取れません)

  ────────────────



 ♪萌えろ 萌えろ お兄たーん

  萌えろ 萌えろ Burning with Fire

  萌えろ 萌えろ ついんてーる

  萌えろ 萌えろ I'm crying to the moon


   ざぁこざこざこ、ざこば師匠が高座に上がる

   十八番おはこの落語は、人情物かしら 

   ちちんぷいぷい、ざこば師匠がテレビに出てる

   余計な発言、生放送で謝罪


  「それは痛快エブリデイや!」


 ♪萌えろ 萌えろ お兄たーん

  萌えろ 萌えろ Burning My Soul

  萌えろ 萌えろ らんどせーる

  萌えろ 萌えろ Darkness in My Heart



 カオス。

 まさにカオス。

 だが混沌はここで終わらなかった。梅香 瑠賀子は興奮のあまり全身の筋肉が膨張し、身にまとう赤いドレスをぶち破った。引き裂かれた赤い布が宙に舞い、薔薇のように散る。全裸になった梅香は咆哮する。


「ジェノザイドガヅダアアアアアアアアア!」


 飛んだ。

 梅香は飛んだ。

 全裸で飛んだ。

 宙を舞い、客席に飛び込んだ。


 阿鼻叫喚とは何だ、今このライブハウスで起きていることだ。逃げ惑う観客、巻き込む梅香、淡々と演奏する「ザ・ギャンブルブラザーズ」たち。


 観客が次々と壁際に追い込まれていく。これぞギガンテックプレッシャー。


◇◇◇


 ステージ脇で「Deadly Rave」のテリーが、梅香に触発され全裸でステージに飛び込もうとするも、他のメンバー全員に止められている。神田はフロアの目立たない所で観客に紛れ、それを見ていた。


「せいぜい今のうちにはしゃいでなさい。あんたのやり方、今回ばかりは通じないわ」


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