07 キャリー・オン 侘びが寂びしい
聖エスカルゴ女学院は、広大な敷地を有する音楽学校である。最年長の在校生である西山ユリは、校内の日本庭園で下級生たちに囲まれていた。
「ユリさま、私ベースボーカルをやってみようと思いますの、簡単そうですし。でも長年続けた鍵盤も捨てがたいわ。おススメの曲はありまして?」
「RUSH の『Tom Sawyer』を完コピなさい」
「ユリさま、私はベースとボーカルだけでよろしくてよ、簡単そうですし」
「PRIMUS の『Tommy The Cat』を完コピなさい」
西山ユリの鬼畜なアドバイス。ベースボーカルを舐めているとはいえ、あまりの仕打ち。それはギター初心者に IMPELLITTERI を弾かせるようなものではないか。まさにSPEED DEMON。いや、学園の雰囲気からするとインギーが最適かもしれない。
ユリは抹茶を口にする。広がる苦味と香ばしい清涼感。見上げると青空、それを受け止めるキャンパスの樹木。彼女の白いボンネットのフリルが、そよ風になびいていた。
◇◇◇
エスカルゴは卒業生が音楽業界へ就職することが多く、それもあってか大手音楽事務所から多額の寄付金が送られていた。だが、そのお金で建てられたカプリコーンの洋館にはゾンビが徘徊し、「GIGA Enterprise」のコンサートホールは針鼠が住み着いていると噂されている。
そしてSMK音楽事務所の寄付金で建設された宮殿は、あろうことか学院の問題生徒に占拠されている。西山ユリに次ぐ年長者が住み着いたここは「キングの宮殿」と呼ばれ、21世紀のスキッツォイド・マンすら近寄らない。
「R.O.ISHTAR」の神田は、ここに足を踏み入れた。
ゴシック様式の長い廊下には、左右にレジェンドミュージシャンの石像が立ち並ぶ。フランク・ザッパ、オジー・オズボーン、八代亜紀……照明もなく、高い窓から差す光を頼りに神田は奥へと進む。
ブオン。
丸い生首が二つ、神田の前に現れた。悲鳴を上げそうになった彼女が、寸前で耐えることができたのは、それがあからさまなホログラムだったからだ。二つの生首は、宮殿に来た客人を案内するために用意された存在らしい。それらは音声を発し、神田を誘導した。
「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!」
最奥に辿り着く。迎えるのは2m近い筋肉質の女、赤いドレスは今にもはち切れそうだ。神田はボディコンの短すぎる裾をつまみ、ぎこちないカーテシーで一礼。
「お久しぶりね梅香 瑠賀子 (ウメガ・ルガコ) さん、お元気だったかしら?」
「……神田か、久しいな。何用あってここに来た」
「お願いがあるの。とあるバンドをメッタメタのギッタギタにして欲しいの」
「……自分でやればいいじゃないか」
「とある事情があって、私が直接手を出せないの」
「……しかし私にはバンドがないぞ」
「それはこちらで用意するわ。お願い、あいつらをやっつけて!」
「……どうしてそんなに固執する」
「大勢の前で私の黒歴史を暴露しやがってクソがあああああああ!」
梅香は鼻で笑う。
「……くだらん。お前の私怨に付き合っていられるか」
「そう言うと思ったわ。これと引き換えでどうかしら」
神田が差し出す「これ」を見た梅香の右目が妖しく光る。
「……よかろう。だが久々のライブだ、どうなっても責任は持てんぞ」
◇◇◇
神田不在の「R.O.ISHTAR」に、古参バンドが訪れた。社員が彼らを会社の外に連れ出して応対する。彼らは正式な所属ミュージシャンだった。ただ、あまりにみすぼらしいため、社員たちは社内に長居してほしくなかった。
「みなさん、今日は何のご用件で?」
「……なあ、金貸してくれよ」
「……なんでもいい、仕事くれ」
「……飯が食いてえ」
社員は深くため息をついた。
「どうせまた賭け事でスッカラカンになるだけでしょ。さあ帰った帰った」
社員にすがりつく三人の男たち。困り果てた社員の前に、シンガポール、そしてエスカルゴから帰って来た神田が現れた。
「社長、いいところに来てくださいました! こいつらを何とかしてください」
神田はサングラスを外し、みすぼらしい男たちを見下すような視線で言った。
「ついておいで『ザ・ギャンブルブラザーズ』。あんたたちに相応しい仕事を用意してあるわ」




