06 北野坂Baby
「Hello? This is SINGAPORE speaking. A call from JAPAN?」
「神田社長、シンガポール滞在中に電話して申し訳ございません。直近の報告事項です」
「……Call me CEO.」
「失礼しました、CEO。まず、来日中だった F■CK-MAN ですが、コンビニで全ての商品を食べ尽くす迷惑行為で逮捕されました。バズりたかったんでしょうね。もちろん契約は解除し、母国フ■ックランドへ送り返しました」
「……Oh, F■ck'n shit.」
「続きまして、全国ツアー中の『Iron Fist』ですが、遠征先で乱闘騒ぎを起こしました。ドラムのHey HATTIがベースのKAZUYAを滞在していた三島ホテルの高層階から……」
──ももこー、ごはんやでー
「……幸いKAZUYAは軽い致命傷で済んだため、翌日には平然とライブを……って、今何か聞こえましたが?」
「……気にしないで続けてちょうだい」
──ももこー、ごはんやでー、はよ食べやー
「ですが社長、ご飯ができたみたいですよ?」
「……いいから続けなさい! あと C・E・O!」
──ももこー、ナポリタンやでー、ピーマン抜いたったでー
「社長、ピーマンも抜いてくれたそうですよ」
「……うぎぎぎ! 折り返し連絡するわ、それじゃ」
「社長! 最後にもうひとつだけ! 交渉中だった南斗景樹ですが――」
◇◇◇
ギースが抱える大切なものは、ギターだけじゃない。彼は自宅で、妹を膝に乗せ、大画面のテレビでサブスクのアニメを見ていた。
「ぷいきゅあー! がんばえー!」
「ははは、そうだね」
「やっぱ青山充が作画監督回は、DANZEN安定するねー!」
「ははは……そうなの?」
妹はときどき、年齢にそぐわないことを口にする。絵コンテがどうとか、キャラデザがどうとか、どこでそんな知識を得ているのだろう。岡田斗司夫のYouTubeチャンネルがお気に入りらしい。ぶっちゃけありえない。
それはともかく画面上では、ド派手な少女たちが縦横無尽に動き回っている。ギースは、これらがどうやって作られ、映像化されているのか想像もつかない。一枚一枚手で描いて、パラパラとめくっているのだろうか。
「ねえお兄ちゃん、こういうのって『へびぃめたる』といっしょだね」
「……どういうこと?」
「楽曲の構成や旋律、歌詞の考察よりも、誰がどのような背景で演奏し、いかなる技術を駆使したか、それを楽しむ音楽ジャンル」
「……あ」
「だから入り口が狭く、ハマれば沼るんだろうね。わー見てお兄ちゃん、板野サーカスみたいな動きだよ。あ、金田パースで決めセリフだ」
妹のアニメ解説は一ミリも理解できなかったが、ヘヴィメタルという音楽ジャンルに対する評価としては、的を射ているとギースは感じた。例えるならプロレス。直感で楽しめる一方で、背景や文脈、様式美を知るほど深みに沈んでいく世界だ。
「おわっちゃった、おもしろかったねお兄ちゃん」
視聴していたアニメが終わり、妹はチャンネルを変え別のアニメを見ようとした。
「……ダメだよ、そろそろ宿題やらないと」
「えーやだよー」
「……お兄ちゃんも手伝ってあげるから」
二人はリビングを出て、妹の部屋に向かう。大画面のテレビモニターには、妹が次に見るつもりだったアニメのタイトルが映し出されていた。
────MUSASHI -GUN道-
◇◇◇
大正モダンを気取る街灯の下、教会へ続く石畳を歩く。ここを下れば猥雑な繁華街、男は坂道を静かに上がる。この先は異人街、行きつけのガストロノミーバーへ向かっている。痩せた体に似合わず男は、貪欲な健啖家だった。
黒い髪
黒い瞳
黒い夜を歩く、南斗 景樹。
「いよう、『ギガ・アミューズメント』のライブ以来だな」
バーの入り口で「Deadly Rave」のドラマー、ビリーが姿を見せた。
「初めて会ったのも同じ箱だよな、元気してたかい?」
「失せろ」
「つれねえな、俺は礼を言いに来たんだぜ」
「帰れ」
「テリーが危ないって連絡くれたの、あんただろ」
「人違いだ」
「そういや『R.O.ISHTAR』と契約したんだってな。破格の好待遇だって聞いたぜ?」
「知らん」
「その際あんたが『Deadly Rave』に手を出すなって条件を提示したこともな」
「……」
気温が下がった。ビリーはそう感じた。咄嗟に後ろポケットのドラムスティックに指をかけたが、深く息を吸い、慎重に言葉を発した。
「悪かったって、本当に礼を言いたかったんだ。助けられて何も言わずじゃ、俺だって寝覚めが悪ぃだろ?」
ビリーは両手を前ポケットに入れ、坂道を下る。途中で振り向かず片腕を上げて手を振るも、南斗景樹は既に隠れ家へその身を潜めていた。
彼が店で何を頼んだのか、どんな表情だったのかは、誰にも分からない。




