03 西日本印度化計画
「Deadly Rave」のマネージャー、西山ユリは怒っていた。
テリー復活のライブは見事だった。ギースの Killer ギターは咆哮し、ビリーのドラムは鼓動し、ジョーのベースは大地を揺らす。当然ながら、問題はそこじゃない。
テリーの汗は宝石の欠片、透き通る美声は流れ星。そして紡ぎ出される詩は、メンバーへの感謝の言葉だった。ギースの作曲センスを、ビリーの練習量を、ジョーの豊富な知識を歌にして称えた。
ユリも「今でもお若く美しい、いつまでもお元気なマネージャー」と歌われた。彼女は言い回しが気にはなったが、内容については、疑う余地なく正確であると評価した。
だが、西山ユリは怒っている。
ライブ終了後、ユリはメンバーに、自宅で反省会を行うと宣告した。「Deadly Rave」のメンバーは、ユリが住むマンションへ向かった。
◇◇◇
ユリは広めのマンションで一人暮らしだ。初めて彼女の部屋を訪れたメンバーは、相当個性的な住まいだろうと身構えていた。過剰に装飾されたゴシック&ロリータ的な内装か、あるいは極度に所帯じみた部屋か……
いずれも違った。普通だった。玄関に花が活けてあったり、ハンガーラックにフリルの多い洋服が掛けてあったりはするものの、白を基調とする小ざっぱりした印象だ。テリーは興味津々で部屋を見渡した。
「へぇー、ユリちゃんのお家、素敵だねー」
「……おおきに」
「ボク、女の子のお家に入ったの初めてだよー」
「……ええから早よ座り」
ギースはギターケースを部屋の隅に置き、テリーより先に座った。ビリーは冷蔵庫をあさる。
「喉乾いたぜ、なんかある?」
「……おいビリー、勝手に冷蔵庫開けんなや」
ユリは不機嫌そうにしているが、本気で怒っている様子はない。テリーもビリーもやりたい放題だ。ジョーは立ったままで周囲を見渡し、何かを探しているようだ。
「……先生、何か探してますのん?」
「ごめんユリさん、僕は外から部屋に入るときは、手を洗う習慣があるんだ」
「……洗面台はそこでっせ」
「ユリさん、ありがとう。落ち着いたとはいえ、コロナは怖いからね」
「……先生、名前はラスカルの方がよろしいか?」
ジョーは洗面台で奇妙な物体を見た。ピンクのクラゲ? 透明のお椀? ずいぶん使い古されているようだ……
「ユリさん、この小型パラボラアンテナみたいなのはなんですか?」
「……ああ、コロナの超音波美顔器や」
どうやら美容器具だったらしい。しかもコロナ工業製とは不思議な縁を感じる。ん? 待てよ? 確かこれが流行ったのは……
洗面台で手を洗うジョーと、冷蔵庫を吟味するビリーに、ユリがそれぞれ手伝いを頼む。
「……先生、すまんけど、棚にあるお菓子、適当に持って来てんか。それとビリーは、人数分のジュース持ってきて。あと早よ冷蔵庫閉めろ」
棚に置かれていたのは、ブルボンの「ルマンド」と、関西では鉄板の「ぼんち揚」。あえて源氏パイを外したのか、三立製菓の「平家パイ」もある。走攻守揃ったバランスのいい渋めのラインナップだ。
「おいおい、コイツは……」
ビリーが感嘆の声を上げる。そこに並ぶのは、チェリオの名作「スイートキッス」、味が薄い缶コーヒー「神戸居留地」、そしてポットに入った自家製の「ひやしあめ」。
「……おいビリー! 早よ冷蔵庫閉めい!」
ユリの堪忍袋の緒が切れる前に、テーブルへ運ぼう。
◇◇◇
「おいテリー、今日のライブはどういうこっちゃ」
昭和感漂うお菓子とジュースを口にするメンバーを前に、ユリがテリーを問い詰める。
「……どうって、何が?」
「あんた、今日の歌詞は即興ちゃうやろ」
「……うん、いけなかった?」
ギースとビリー、そしてジョーは黙って聞いている。彼らにとって、テリーの歌詞が即興でないことは何の問題もない。むしろ余計な騒動を引き起こさないだけマシというものだ。しかしユリは大きくかぶりを振った。ツインテールの髪もブンブンと揺れる。
「な───んも分かっとらんな、あんたは。しゃあない。今日は夕飯作るさかいに、食べて帰り」
ははん。さてはみんなに夕飯をご馳走したくて、照れ隠しでテリーに怒ったフリをしてるんだな。ギースはそう考えた。だったらお菓子なんて出さないほうがいいのに。そうも思った。
可愛い人だ。なんだかんだ言っても、女の子なんだ。たとえ実年齢が……うぎぎ……頭が……
「どないしたギース、急に悶え苦しんで」
◇◇◇
部屋に充満するカレーの匂い。先ほどまで仄かに漂っていた上品なアロマを、完全に打ち消すエキゾチックなフレグランス。食欲をうながすスパイシーな侵略者が、インド亜大陸から上陸してきた。
横濱舶来亭のカレーフレークをベースに、スパイスを加えたトマト・シーフードカレーだ。無水カレーの一種だが、ホールトマトを使えば手早く作れる。ユリはそこに唐辛子を加え、人数分のカレーをよそってテーブルに並べた。
「おいしそうですね、頂きます」
落ち着きを取り戻したギースが、カレーを口にする。お米は日本米。長粒米 (インディカ米) やナンも悪くないが、やはり王道はカレーライス。シーフードの多種多様な噛み応えが、単調になりやすい食感にアクセントを加える。
そうか、ユリはこれが言いたかったのかもしれない。
単調な詩を歌うな、もっと噛み応えがあっていい。それを料理で伝えようとしたんだ。ユリの繊細な一面を知ったギースは、より深く彼女を知ろうとカレーを口に運ぶ。しかし味わえば味わうほど……味わうほど……あ、あ……あ……
ギースが倒れた。ユリは微動だにせずそれを見ている。
「どうしたのギース? さっきから変だよ、疲れてるのかな?」
テリーが声をかけるも、手と口は止まらない。
「それにしても美味しいカレーだね、後から加えてたスパイスが効いてるよ、クミンでしょ、コリアンダーでしょ、それとカ、カ、カカ、カ、カルダモン……」
テリーも倒れた。ジョーはすでに意識を失っている。最後まで生き残ったビリーが、ウド・ダークシュナイダーを彷彿とさせる絶叫を上げた。案外ボーカルもいけるかもしれない。
「ギヤ─────! 辛い─────!」
ユリはゆるりと立ちあがる。足もとに転がる男どもを見据え、表情一つ変えず言い放つ。
「テリー、お前に足らんのは、これや」
そしてユリは鍋に残ったカレーを、一人で食べ尽くす。いまだ意識が戻らぬテリーを横目に、彼女は呟いた。
「甘いねん。お前が見せるべき夢は、ルマンドやあらへんで」




