02 ロリィタ服と機関銃
最近は、ギースが一番早くスタジオに来るとは限らなくなった。扉を開けた彼が最初に見たのはビリー、正確には激しいドラミングが、いち早く耳に飛び込んだ。
「ようギース」♪ドンガガ「早いじゃねえか」♪ズダダ
叩きながら話すものだから、とても聞き取りにくい。アンプを通して音を出すギターやベースと違って、ドラムは生音だから音量の調整が難しい。
「うちも先に来させてもろてるで」
マネージャーの西山ユリもスタジオにいた。ユリは楽器を演奏するわけではないので、ここに来る必要は無い。それでもユリはスタジオに来て、何やら本を読んでいた。ギースが話しかける。
「ユリさん、何を読んでいるのですか」
「音楽業界のマネージメント本や」
「タイトルは?」
「これが長いタイトルでな、『もしバンドの女子マネージャーがバスドラムのキックペダルを踏んだら』。ストーリー仕立てで経営学が学べるのが売りらしいわ」
「へえー、そうなんですか」
「略して『もしドラ』や」
「あ、そういう感じね」
「聖エスカルゴ女学院の卒業生が書いた本なんやけど、内容はともかく作者が気に食わん」
ここでスタジオの扉が開き、ベースのジョーが入ってきた。彼は眼鏡に指をかけ、ユリが手にする本を凝視した。
「おや、『もしドラ』じゃないですか、その本の作者とユリさんは、旧知の仲でしたね」
「ケンカ相手や、あいつは昔から気に食わん」
「まあ、そう言わず、そういえば今日は確か……」
ジョーがベースをケースから取り出したとき、スタジオの扉が開き、テリーが入ってきた。ビリーはドラムセットから飛び出し、テリーの首を腕で巻いた。
「てめえコノ、久しぶりじゃねえかテリー! 元気もどったか?」
「いてて、止めてよビリー」
「心配かけやがって! 今日は俺のおごりで飲みに行くぞ、スタジオ終わったら覚悟しな! 店はもう押さえてあるからよ!」
スタジオが笑いに包まれる。西山ユリはそっと本を閉じた。その表紙には特徴的な長いタイトルと、それに負けないほど主張の強い、キャッチコピーと作者名が記されていた。
──全ての経済学者は道を譲れ! アニメ化希望!
著:神田モモコ
◇◇◇
「この店だ、入ろうぜ!」
スタジオの練習が終わり、「Deadly Rave」のメンバーとマネージャーはビリーのおごりで飲みに来た。店の前でビリーが入店をうながすも、皆一様に不安を抱え躊躇した。店の前に掲げられた威圧感のある看板に、ある種の懸念を感じたからだ。
──西日本食祭興業 新鮮一家 二代目酒処「仁義」
「遠慮するな、俺が全部おごってやるからよ」
そう言ってビリーが店の扉を開けると、黒いスーツの店員たちがずらりと並び、いっせいに挨拶をする。
「お勤めご苦労様です」
「お勤めご苦労様です」
「お勤めご苦労様です」
「あのー、予約していた尾里井 (びりい) なんすけどー」
「尾里井 甘太郎 さまでお間違いないですか」
「あいー」
「どうぞ此方へ」
「ちーす」
ビリーって本名だったんだ、などと思う余裕もなく、メンバーたちはテーブル席へ案内された。黒いサングラスの店員が、ドリンクの注文を聞く。ビリーがこの店はワインがおススメだというので、全員でボトルを注文した。
ほどなく店員が、ワインとグラスを持ってきた。まずはワイングラスがテーブルに並べられる。
「変わった形のグラスだね、ボク初めて見たよ」
テリーの言葉にジョーも口を開く。
「赤く平たいワイングラス、どちらかと言えば、これは盃なのでは?」
店員が全てのグラス(?)にワインを注いでいく。それは飲み会の華やかなイメージとは程遠い、厳かな儀式を思わせた。そして、なぜか店員が乾杯の音頭をとる。
「このワイングラスを飲み干しますれば、例え白いものを黒と……」
「いや、もっとフランクに飲みたいんだけど」
さすがにビリーがツッコんだ。すると店員はビリーの横に座り、懐から自分用のワイングラスを取り出して注ぎ入れた。そしてサングラスを外し、ビリーの瞳を見つめながら呟いた。
「……兄貴、これ、兄弟の盃だと思っていいすか」
「うるせえ引っ込めバカヤロウ」
店員は一度厨房に引っ込み、お通しの赤ウィンナーを持ってきた。片側を丁重に切り開いた、かわいいタコさんウィンナーだ。軽く焦げ目がつくほどに焼かれ、七味マヨネーズが添えられている。とはいえ単体でも油と塩気で十分に美味い。テリーがぱくぱくと口に運ぶ。
「これ美味しいね、まるで小指みたい」
その例えだけは止めてくれ。せっかくタコの形をしているのだから。ギースもメニューを見て注文する。
「すいません、この『若鶏の〈地揚げ〉』と『イカの〈根性焼き〉』を下さい」
注文の品が次々とテーブルに並べられ、メンバーたちは会話を楽しんでいる。あのライブの後で、ひどく落ち込んでいたテリーも元気を取り戻したようだ。
「Deadly Rave」の関係者誰もが思う。テリーは天使のように、天真爛漫でいて欲しい。彼には影が、似合わない。
ユリはワイングラスを飲み干した。実は南斗景樹から、バンドを組まないかと誘いを受けている。しかし断るつもりだ。こんな楽しい日常を、手放す気はない。
「……ま、悪い気はせんかったけどな」
「ユリちゃん何か言った?」
「……別に。テリーはウチのかわいい弟やって言うたんや」
「えー、どっちかといえば孫でしょうぎぎぎぎ首を絞めないで」
「……おい、百歩譲ってお母さんちゃうんけ?」
「だってボクのママより年上だだだだだだだ死んじゃううううう」
唐突に始まった抗争に、店員の緊張は高まった。止めに入る居酒屋の構成員たちは、上部団体である西日本食祭興業に仲裁を求め、後日手打ちの盃が交わされることとなった。
次回「テリーとユリの仁義なき戦い 即興歌唱編」(嘘)




