01 ZAZE・ん・・・寺っぽい
「……わかったわ。先方とは私が話をつけとくから、会場だけは押さえててちょうだい。いいわね?」
彼女は電話を切った。使えない部下に辟易しつつも、的確に指示を出す。音楽はビジネス、トレンドは羅針盤。時代を読み違えた漂流者に明日はない。彼女の元に、書類を手にした部下が来る。
「神田社長、例の少年の資料が……」
「……CEOとお呼びなさい」
「失礼しました。CEO、集めた情報はこちらです」
流出を防ぐため書面で書かれた資料に、神田は目を通す。
V系バンド「Deadly Rave」(デッドリーレイブ)
実名「アンドリアマナンテナ留吉 」
ステージネーム「テリー」
「ふーん、この子が、ねえ」
「はい、ステージで即興の詩を歌うとのことです」
「それはいいけど、本当なの?」
「はい、知り得ない情報を感知する、超常の能力が確認されています」
「にわかには信じがたいわね」
とはいえ、それが事実なら、その利用価値は計り知れない。市場の心理を把握してヒットソングが狙えるのは当然として、ライバル会社の機密事項を暴いたり、誰かの弱みを握ったり……
「ふふふ、いいわね、魅力的よ。引き続き情報を集めなさい」
「お任せください」
「それはそうと。ジャンルはV系とあるけれど音楽的には?」
「ヘヴィメタルですね」
さっきまで卑しい笑顔だった神田の表情が凍り付く。そして彼女は吐き捨てた。
「くだらない……一番嫌いな音楽よ」
◇◇◇
重音山 金属寺。
禅宗の流れをくむこの寺は、人里離れた山奥にある。テリーはここで座禅を組み、修行に取り組んでいた。
南斗景樹、そして西山ユリとの対バンで、失態を晒した彼は、自身の心の弱さを自覚し、この寺を訪ねたのだ。短い間ではあるが、バンド生活から遠ざかり、今は自分と向き合っている。
「…………」
縁側に座るテリーの目前に広がる枯山水。それは白い砂で描かれた波のようであり、つぶさに見れば個々の砂である。テリーは動かぬ波と膨大な砂の織り成す風景を、ただぼんやりと見つめていた。
「テリーくん、何か掴めたかね」
寺の和尚が縁側に座り、テリーと並んで座禅を組んだ。二人は枯山水に何を見るのか。山から流れこむ霧が辺りを包み込んでいく。そんな禅寺の庭を、猫が無邪気に踏み歩き、テリーは思わず声を出す。
「……あ、猫だ」
「これ、よさぬかシュレディンガー。撫でてやるから、こっちへおいで」
「……ずいぶんモダンな名前の猫ですね」
「寺に住み着いた猫でな、ドイツから来た修行者が、そう名付けたのじゃ」
「……ドイツの修行者は、どんなお仕事をされてる人でしたか」
「哲学者、いや、物理学者だったかな……」
「……あいまいな状態ですね」
そんな会話をしていると、奥から僧侶が現れた。
「和尚さま、禅問答のお時間です」
「ふむ、参ろうかな。テリーくんも見物するがええ」
◇◇◇
寺の本堂には本尊である仏像があり、若い僧侶と和尚が向かい合って座っている。司会と進行を担当する僧侶が木魚を鳴らす中、二人の禅問答が始まった。テリーは少し離れた場所で見学している。
ぽく、ぽく、ぽく、ぽく……
【大乗仏教代表】MC JUNE-SHOCK 和尚 (寺の和尚)
VS
【原始仏教代表】釈尊 a.k.a BUDDHA-X (若い僧侶)
先行は原始仏教代表の若い僧侶。激しいディスで和尚を煽る。
──釈迦の教えとズレてるお前
生まれ変わって言葉を交わせ
衆生 (しゅじょう) 救済の言葉が臭い
それは執着、信じる情弱!
ぽくぽく、ぽぽく、ぽく、ぽぽく、ぽくぽく……
ぽくぽく、ぽぽく、ぽく、ぽぽく、ぽくぽく……
後攻の和尚、独鈷を手に余裕のライム
──あきらめが先のニヒリズム
助かる自分のエゴイズム
釈迦から五世紀何してた?
進歩ないお前の反省期?
ぽくぽく、ぽぽく、ぽく、ぽぽく、ぽくぽく……
ぽくぽく、ぽぽく、ぽく、ぽぽく、ぽくぽく……
スクラッチにも似た木魚を叩く司会進行の DJ SATO-Lee
テリーのバイブスはすでにMAX。
「…………にゃーん」
禅寺の夜が過ぎていく。
◇◇◇
翌朝、荷物をまとめたテリーは、見送りに来た和尚と僧侶たちに頭を下げた。
「ありがとう和尚さん、最高にドープでした!」
「テリーくん、迷ったらいつでも来るんだぞ」
「僧侶の皆さんも、お世話になりました!」
「次はゆっくりチルしようぜ!」
テリーは山を下る。ときおり針葉樹の隙間から澄んだ空を見上げながら、ギースやビリー、ユリやジョーが待つ街へ向かう。
「それにしても金属寺か、楽しかったけど、ちょっと変だったな」
風が吹き、草木が揺れる。
「てか、お寺の名前とジャンルが違ってね?」
真っすぐ伸びた針葉樹が、参道を深い影で包む。
「お前もそう思うだろ?」
まるで光と闇の、境界線。
「…………にゃーん」




