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EPISODEⅩ – SGT. TERRY'S LONELY HEARTS CLUB BAND


 ステージに上がった辻本社長も、今は一人のミュージシャンとしてドラムを叩く。曲の初めにカウントを取らず、フレーズでメンバーへ合図を送る。モーラー奏法を極めた辻本の感情表現は、もはや言葉に等しい。


 アンディがベースを弾き始める。「Deadly Rave」時代はピック弾きだった彼も、今はフィンガーピッキング。相当な修練を積んだのだろう。──そしてアンディはルートを刻む。


「今までの俺と……同じだと思うなよ……」



 リズム隊が安定したところで、南斗景樹が動く。


 七弦ギターで描く、エレクトリックな虹。

 奏でるフレーズごとに景色が塗り替えられ、現実はゆっくり色を失っていく。


 緊張に満ちたおとぎの国を、白きパレードが通過する。

 その先頭に立つ、兎の歌姫。


 それは──西山ユリが胸に秘めていた、耽美な孤独。


 さあ、夜は来る。

 目を閉じて、忘れなさい。

 恐れることは、何もないわ……



 ──夢幻の(BLACK)お茶会(SABBATH)へ、ようこそ。



  ────────────────

  アスモデウスの夜想曲 (ASMODEUS NOCTURNE)

  作詞:西山 ユリ

  作曲:南斗 景樹

 (メロディは何処かにあるかもしれません)

  ────────────────



♪愛が欲しいと咽び泣くなら、大地ひれ伏し泣き叫ぶがいい

 愛に溺れて喘ぎ泣くなら、肉を散らして骨になるがいい


 恋を歌えば奪い取るまで、夢を歌えば嘲笑うまで

 空に浮かんだ亡者の城、まき散らすのさ猛毒の薔薇


   アナタを捕まえ抱き締め

  そして絡みつくように締め付け

  そして夢幻の、夢幻の中へ


        そう、夜は来る

     麗しい姿の、夜は来る

 輪廻の渦さえ甘美な、夜は来る


  時に私は孤独に叫び、懺悔に狂う獣に還る

  夜の孤独こそ真 (まこと)、いわんや夢幻をや



 西山ユリは歌う。魔女のように長い年月を音楽学校で過ごし、積み上げた歌唱力を遺憾なく発揮する。人には出せない声で。人にしか出せない声で。


 一度限りのステージ。でも観客にとって、永遠の夜。


 ユリは主旋律だけが書かれた、簡素な譜面を初見で歌った。当然そこには歌詞など書かれていない。


 ユリは自分の感性を、即興で詩にして歌ったのだ。


 貯えた語彙と独特の美学は、南斗景樹の描く宇宙に輝く星となり、ステージに一つの世界を構築した。バンドはボーカルが全て、全ての楽器はボーカルを立てるために存在する。


 テリーは、震えた。


◇◇◇


 幕が下り、南斗景樹とユリがステージから去る。そして「Deadly Rave」がステージに入り、各自で準備を始めた。ギースは機材を確認しつつ、Killer のギターを肩に掛ける。ビリーは自前のスネアに入れ替え、ジョーは自作のプリアンプを接続する。テリーはマイクスタンドを掴んだまま、うつむいている。


 ギースは深く息を吸う。


 南斗景樹のギターは格が違う。おそらく生涯かけても、あの背中に届くかどうか。

 ユリも、辻本社長も、みんな遠い。


 「N.G.K.重金属楽団 R.C」や「The Octoday」は教えてくれた。


 バンドがすべきこと。

 それはステージで世界を作ること。


 俺たちが吸収してきた数々の体験(エクスペリエンス)を、ここで一気に吐き出してやる。

 それが俺たちのバンド、「Deadly Rave」のり方だ!


 …………………………………………


 やがて幕が開く。ステージとフロアが、つながった。


◇◇◇


 曲が始まる。


 疾走感あふれるツインペダルの連打。ハイゲインでドンシャリなギターが刻むリフ。B級感あふれる俗っぽいサウンド。


 まさにジャンク。

 今夜は旋律より戦慄だ。

 ダウンピッキングでズタズタにしてやるぜ!


 辻本社長に刺激を受けたビリーは、激しくもクールにドラムを叩き込む。そしてジョーは、曲の初めからスラップ。


 ……いや、あれは親指をピックのように上下させ、時折スラップを混ぜている。粋じゃん。


 高級料理のフルコースで満腹だった観客に、突き出されるポテチとアイス。それはコンビニで買った不健康の極み。でも、好きだろ、こういうの、さ。


  ♪ザック、ザクザクザクザクザク、ザザ!

   ザック、ザクザクザクザクザク、ザザ!


 ギースはパワーコードを刻む。歪んだギターの千切りだ。さあ来い、テリー。どんな詩を聞かせてくれる。



「……だめだボク、歌えないよ」


 驚きはした、当然だろう。


「……何も浮かばないんだ、言葉が降りてこないんだ」


 どうした。


「……ボクは夢を見ないんだ、だから」


 歌うんだ。


「……さっきのバンドみたいな本物の夢を見ると」


 叫ぶんだ、テリー!


「……ボクは怖くて……たまらないんだ!」



 そうだった、才能に頼る者は脆 (もろ) い。誰よりもギースが一番知っていたはずだ。ギターを抱えて泣いた夜を忘れたか。


 かつてのギースなら、ここで演奏を止めただろう。怒ってステージから降りたかもしれない。だが今は違う。ギースは演奏を止めない。止めてたまるか。テリーが戻ってくる場所を、音で守り続ける。


 立て。

 弱音を吐くな。

 お前の役目を果たせ。

 お前の世界を、「Deadly Rave」を見せろ、テリー!



「くぉらぁぁぁぁ! なにさらしとんじゃ、テリィィィィィ!」



 フロア最前列で仁王立ちのユリが叫ぶ。スピーカーやアンプの音すらかき消す大音量の絶叫、もはや人類の規格外だ。


「しっかりせんかあ! お前の歌を聞かせんかい!」


「……む、無理だよ、ユリのあんな世界を見せられた後じゃ」


「どあほう! おどれには夢がないんかあ!」


「……ボクは夢が見れないんだ」


 西山ユリは腕を組む。ここでテリーをステージから引きずり降ろし、ユリが歌うことも考えた。だが、それでは「Deadly Rave」は救えても、テリーは救えない。ユリは叫んだ。


「夢がないなら、現実みせい!」


「…………」


「真実を暴いて、暴露せい!」


「…………」


「いつもお前がやっとることじゃ!」


「…………!」


「それが──ROCKじゃあああああ!」


「…………!!!!」


 ユリの絶叫が、全身を吹き抜ける風となる。魂の迷宮に灯火が宿り、神秘の言霊が降り注ぐ。深く息を吸え、そして大きく吐き出せ、テリー!



「Round two────fight!」



 テリーが何を叫ぶのか、本人にすらわからない。



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