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EPISODEⅨ – TRILOGY SUITE OP:2


 その日、ライブハウス「ギガ・アミューズメント」は入場制限がかかるほど満員だった。観客に混ざっていたギースは、ごった返す人々の中にカプリコーンの岡本を見つけた。当然SMK音楽事務所の西山もいるわけで、さっそく絡んでいるようだ。


「岡本ぉ、『Deadly Rave』には手が出せねえから、南斗景樹をスカウトしようってか。ああん?」


 しかし岡本の応対は淡泊だった。


「悪いな西山、今日は騒いでる場合じゃねえんだ」


 いつになく緊張した面持ちの岡本に、西山は何も言えなくなった。


 ステージの幕は閉じたままで、フロアは明るい照明で満たされていた。いかにもライブ前といった雰囲気ではあるが、実は南斗景樹のバンドはメンバーが到着しておらず、リハーサルも行われていない。


 ギースの後ろから声がかかる。振り向けばカプリコーンの辻本社長がいた。


「ふぉ、ふぉ、ふぉ、今日は楽しませてもらうぞい」


「わざわざ見に来てくれたんですね」


「まあの、今日ばかりはギガに足を運ばんとな」


「南斗のバンドが来ていないようですが」


「心配ない、彼は今日限りのバンドで挑んでくる、せいぜい楽しむがええ」


 辻本社長は立ち去り際、意味ありげに呟いた。


「南斗景樹のバンドメンバーは、既に会場入りしとるかもしれんぞ? ふぉ、ふぉ、ふぉ」


◇◇◇


 ライブハウスのBGMが鳴るフロアで、黒いフードの男がギースに近づき肩をぶつけた。とっさに謝るギースに対し、フードの男はしゃがれた声で言い放つ。


「俺は……お前たちを……『Deadly Rave』を許さない……」


 男は人波に紛れ姿を消した。気になったギースがフロアをつぶさに観察したが、どこにも見当たらない。


 しかし、その過程でテリーとビリー、そしてジョーを見つけ、合流した。マネージャーのユリは、まだ控室らしい。


 ライブハウスのBGMが止むも、SEの曲が流れない。それどころかフロアの照明はそのままに、ステージの幕が開かれた。


 ライブハウスの操作ミスか、あるいは特殊な演出とも思えたが、ステージではベーシストが音を出し、アンプを調整している。


 ──ギースに肩をぶつけてきた、黒いフードの男だ。


 ドラマーも軽く叩き出し、サウンドチェックを始めている。その音を聞く限り、桁外れの凄腕だ。プロのミュージシャンを呼んできたとギースは思っていたが、横にいたビリーが大声を張り上げる。


「おい! まさかそんな……嘘だろ?」


 ドラムセットの隙間から見える小柄なドラマー、それはカプリコーンの辻本社長だった。彼がドラムに詳しいのは、彼自身が優れたドラマーだったからだ。


 入場制限がかかっているはずの「ギガ・アミューズメント」、その入り口が開かれた。


 ギターケースを手にした陰気な男が入ってくる。



 黒い髪

 黒い瞳

 黒いロングコートを羽織った、南斗 景樹 (なんと かげき)。



 観客の誰もが近寄れず、おのずと道が開けた。南斗はその中央を進む。


 フロアからステージへ直接上がった南斗は、チューニングだけ済ませると、足元に置いたエフェクターボードからギターの音をPAへ直送し、そしてマイクへ向かう。


「……今夜限りのセッションバンドだ。メンバー紹介もしない。始めるぞ」


 辻本がカウント代わりに叩き始めようとすると、ステージの脇から聞き慣れた声が飛んだ。


「オイオイ、またんかいや! 大事なボーカルがまだやろがい!」


 白いゴシックドレス、裾を大きく広げるワイヤーパニエのスカート、フリル付きの派手なボンネット。さっきまで控室にいたはずの、西山ユリだ。


「お前がメールで依頼してきたんやろが! こっちは生体楽器なんやぞ! リハくらいさせろや!」


「……勝手にしろ」


「ごほん。みなさまご機嫌よう、ライブ前でございますけども、ちょっと発声練習させて頂きますわ」


 ユリはマイクから離れ、アカペラで何小節かだけ歌う。



 ────────────────

 復讐の炎は地獄のように我が心に燃え

 原題:Der Hölle Rache kocht in meinem Herzen

 作曲:Mozart

 ────────────────


 ♪~


 ジョーは驚愕する。彼は聖エスカルゴ女学院の講師であり、西山ユリの資格試験の結果は当然知っている。まさかそれが、ユリの意図的な不合格だったとは……


 圧倒的な歌唱技術と表現力、アリアの真髄。測定不能、採点基準外。


「うちは今日やる曲知らんねん、譜面はあるんか」


「……コードと主旋律だけ書いた、簡素な譜面ならある」


「あるんやったら先に見せろや! なんで本番のステージで渡されて初見で歌わなあかんねん!」


 フロアが笑いに包まれた。


「ほな始めるで、準備はええかアンディ」


 黒いフードのベーシストがマイクで呟く。


「やめろ……正体をバラすな……」


 ドラムの辻本社長、ベースの元「Deadly Rave」アンディ、ボーカルの西山ユリ、そして七弦ギターの南斗景樹による、今夜限りのライブが始まる。


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― 新着の感想 ―
おおお、役者が揃いましたね! ユリちゃんの服の描写が、ナイアス・ブリュンヒルデを連想させます。あの感じでロックバンドのボーカルはめっちゃ似合いそう!
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