EPISODEⅧ – FOOL FOR YOUR LEAVING
その日ギースが見た「VIRTUA FICTION」のライブは精彩を欠いていた。
技術面は格段に向上している。ギースが在籍していた頃とは比べ物にならない。それどころか、先日「Deadly Rave」と対バンしたときよりも腕が上がっているかもしれない。
だがそこに、南斗景樹の姿は無かった。後任と思われるギタリストの演奏は、月並みだった。
ライブ後の「ギガ・アミューズメント」裏口で、待ち合わせていた「新開地ラウ」が顔を出す。
「ククク、永き刻を耐えし者よ、今こそ我に続かん」
「……ラウさん、普通に話してもらっていいですから」
ラウは周囲を確認すると、ギースの耳元で囁いた。
「助かる、ちょっと駅前まで出ようか」
◇◇◇
電車が走る高架線下を、ラウとギースが並んで歩く。辺りは飲食店が立ち並び、空腹を余儀なくさせる匂いが、人混みの狭間をすり抜ける。
「腹減ったなギース、なんか食いに行くか」
「どうせ牛丼でしょ?」
「そうさ、やっぱ『VIRTUA FICTION』は牛丼つゆだくじゃん」
地元ローカル牛丼チェーンとギガ本社がタイアップして、「VIRTUA FICTION」は牛丼ばかり食べていた時期があった。根が真面目なラウは、今も牛丼好きというキャラ設定を健気に守り続けている。やがて店に入った二人は、それぞれの注文を店員に伝えた。
「獣肉の生贄をわが手に、汁量限界突破──解。」
「俺は並で」
ラウが「VIRTUA FICTION」を脱退するなんて想像もつかないが、仮に辞めたとしてこの言葉遣いは当分直らないだろう、そんなことを考えながら、ギースは提供された牛丼に七味を散らす。ラウは中央に紅しょうがをのせ、一気呵成に食べ始めた。それを横目にギースは手を合わせる。
「いただきます」
「馳走であった」
「早ッ!」
「第二形態、同じ姿で器を満たせ──再。」
「まじ?」
二杯目に取り掛かるラウに圧倒されつつ、ギースは聞きたかったことを口にした。
「南斗景樹、いなくなったんですね」
「……まあね」
「何かあったんですか」
「何もねえよ」
「ならどうして……」
「さあな」
ギースは意外だった。南斗が去った理由を聞かされるものだと思っていた。しかしラウは思う所もあるだろうが、口にするのは牛丼だけだった。
「理由だけでも聞かせてください」
「本当に知らねえんだ。アイツは何も言わず去りやがった。後のことなど興味が無いんだろうな」
「怒ってるんですか」
「いいや、うらやましいだけだ」
ラウは丼を高く持ち上げ、すするように牛丼をかき込んだ。ギースは肉と米を少しずつ食べる。ラーメンと同じく牛丼も、家で作れるが店の味には及ばない。コストに至っては、食材にお金をかけるほど店の味から遠ざかる。
「じゃあ、なぜ俺を呼んだんですか」
「なあギース、『VIRTUA FICTION』に戻らねえか」
唐突で喉が詰まりそうになった。
「いえ、せっかくですが……」
「……だよな、そう答えるの、わかってたよ」
「すいません……」
「……悪いのはこっちだって。俺も言いたくなかったんだけど、支配人の鈴木さんが、ダメもとで声かけろってしつこくてさ」
「あはは……」
断られることは本当にわかっていたと思う。そこは嘘だと思わない。だけど支配人を言い訳に口説いていたとしても、ラウの目は寂しすぎた。
「あーあ、ホント言いたくなかったんだよ……」
「まあ、今度セッションとかしましょうよ」
ラウはギースが食べ終わるまで待ち、その後二人分のお金を払って店を出た。
「良き宴であった。邂逅に感謝を」
ラウはそう言って去って行った。一時期は会いたくないと思っていた相手なのに、ギースはもう二度と会えないような気持ちになった。
それでも、彼の後ろ姿に頭を下げた。
◇◇◇
翌日、ユリから電話がかかる。
「ギース、丁重に断ったか?」
「知ってたんですか」
「まあな、うち宛ての手紙に、あんた勧誘すること書いてたわ。断ると思うけど、万が一のことがあれば申し訳ないって手書きの便せんにな。古風な男やでほんまに」
「はは……」
「そらそうと重要な連絡事項や。来週の日曜、『ギガ・アミューズメント』で辻本はんが指定する最後のブッキングや。覚悟しいや」
「勉強になるバンドばかりで楽しみです」
「……いや、今回はそういう感じやないな」
「どういうことですか」
「最後の相手は、南斗景樹や」




