EPISODEⅦ – THE SEVENTH SONG
聖エスカルゴ女学院は、「お嬢さま学校」として名の知れた音楽学校である。最年長の在校生である西山ユリは、今日も学院のオープンテラスで下級生たちに囲まれていた。
「ユリさま、お茶が入りましてよ。緑茶と昆布茶、どちらに致しますか?」
「……紅茶がよろしくてよ」
「ユリさま、QUEEN 初来日のステージはご覧になって?」
「……ちょっと待って、何か大きな誤解があるわね」
ユリは学院最年長ゆえに、在校生の平均年齢よりほんの少し年を重ねてはいるが、さすがに QUEEN の初来日やスピルバーグ監督の「ジョーズ」を公開初日に見た世代ではない。
しかし余計なことを口にしてボロが出るのもまずい。話をそらそうと周囲を見れば、編み物をしている下級生がいた。
「あら、流行りの『編み活』ってやつかしら」
「はい、ユリさまにちゃんちゃんこを……」
「お前の血で染めたろか」
オープンテラスに先生が姿を見せた。彼は声楽科の専任講師だ。
「ユリさま、学科主任がお呼びですよ」
「あら先生、生徒に『さま』だなんて、呼び捨てで結構でしてよ、ホーッホッホッホ!」
「でも、年長者に呼び捨ては……」
「あぁ?」
「あ、いや、西山さん、学科主任が実技試験を行うそうです」
「わかりました、すぐに参りましてよ」
ユリが立ち上がると、白いゴシックドレスの長い裾がふわりと広がった。逆に今までどうやって座っていたかは謎に満ちているが、その所作は優雅で洗練されていた。ユリは試験が行われる校舎の音楽室まで、小さな歩幅で上品に歩く。
しゃなり、しゃなり……
◇◇◇
実技試験は高度な難易度で、渡された七枚の譜面を初見で歌わなくてはならない。それぞれジャンルが異なり、これに合格するとエスカルゴ声楽講師の資格を得る。ユリは、合格するまで卒業しないことを公言していた。
「それでは、これより西山ユリの実技試験を開始する」
第一課題 ソプラノ・コロラトゥーラ
【判定】
57点。 高音域が不安定で、音程も甘い。聞くに堪えない。
第二課題 アリア
【判定】
32点。 表現が浅く、音程は酷い。体調を壊しそう。
第三課題 讃美歌
【判定】
48点。 音程が不安定で禍々しい。むしろ悪魔を呼びそう。
第四課題 シティポップ
【判定】
68点。 感情表現はよいが、粗さが目立つ。
第五課題 ジャズ
【判定】
84点。 良い。ルイ・アームストロングを彷彿とさせる。
第六課題 演歌
【判定】
100点。 泣いた。兄弟仁義の果てに日本海の荒波を見た。
第七課題 デスメタル
【判定】
666点。 ARCH ENEMY の後継者。むしろ教えを乞いたい。
総合評価:不合格
「あら残念、今年も受かりませんでしてよ、ホーッホッホッホ!」
◇◇◇
実はユリ自身も、受かるつもりで試験を受けているわけではない。なぜなら彼女は今が楽しく、永遠に続いてほしいのだ。学院での生活も、慕って集まる下級生も、年齢いじりの冗談も、全て愛して止まない。
それに今は「Deadly Rave」のマネージャー業務も行っている。好きな服を着て、好きな人に囲まれ、好きなことをして生きている。西山ユリは、自身が世界で一番幸せだと疑わない。
……What a Wonderful World.(この素晴らしき世界)
下校時間となり、ユリは学校を後にした。フリル波打つ日傘をたたみ、地下鉄御堂筋線に乗る。自宅近くの駅まで着くと、途中スーパーに立ち寄って、あとはお家に帰るだけ。今日も楽しい一日だった。
着替えもそこそこに化粧を洗い流し、パソコンを開いてメールをチェック。何件かある新着の中で興味深いものが、一件。
「……へぇ、うちにこれ頼むんか。おもろいやないか」
◇◇◇
「ギース、明日の夜、空いとるか」
スタジオでユリが声をかける。
「いやその……年上はいいんですが、ちょっと離れすぎかなって……」
「ちゃうわボケ! 『VIRTUA FICTION』の『新開地ラウ』からライブのお誘いや」
「ラウさんが? なんで俺に?」
「行けばわかるんちゃうか、チケットも一枚送って来たわ」
……一枚?
知らぬ仲ではないので、話があれば個人的に呼べばいいし、わざわざマネージャーを通して観に来て欲しいという話なら、メンバー全員分のチケットを送るのが筋ではないのか?
「俺たちには来るなって、そう言いたいんじゃねえの」
ビリーがドラム越しに話す。
「マネージャーを通しているから、バンドとして筋が通らねえ話じゃなさそうだけど、ま、行ってみなよ」
「えー、ボクは呼ばれてないのー」
「おめーが行くと余計な事言ってこじれるだろ、おとなしく留置所でも入ってろ」
テリーが口を挟んだが、ビリーの言うことも確かだ。ギターの南斗景樹も気になる。明日は「ギガ・アミューズメント」で「VIRTUA FICTION」のライブを観るとしよう。
……ギースは翌日、自分だけが呼ばれた理由を知る。




