EPISODEⅥ – THE CHORD OF KTULU
ライブ当日、「ギガ・アミューズメント」に向かうギースの足取りは重かった。
「ギース見て見て! プロレスのポスターが新しいのに変わってるよ!」
同行して向かうテリーの能天気さが、今はありがたい。ポスターには「地獄から来た残虐レスラー参戦」と書かれていた。正直、何の興味もわかない。テリーは大うけしているようだが。
「君はホント、子どもだなあ……」
そのくせ連発する怪奇現象は信じない。ただ気付いてないだけかもしれないが。
◇◇◇
「The Octoday」にSEの曲などなかった。滅多にライブをしないバンドだからなのか、フロアは人で埋め尽くされているが、基本誰も声を発しない。逆に「Deadly Rave」の固定客たちが、動揺してひそひそ声で話すくらいなものだ。
長い静寂の後、ゆっくりと「The Octoday」のメンバーが集まり、演奏が始まる。
ステージには陰鬱な三人、彼らは長い髪で表情が見えない。テンションコードを多用しつつも微妙に調和を取らない奇怪なコード進行、極端なダウンチューニング。だが不思議と耳を引く心地よさがあった。
────────────────
闇に這う者ども (THE HAUNTERS OF THE DARK)
作詞:The Octoday
作曲:The Octoday
(メロディは読者が目を閉じて思い出すのです)
────────────────
♪膨大な質量の惑星が
慈愛の憂いを湛えたか
死んだ魚の眼球が
善意を持つと思うのか
後ろを見るな
その名を呼ぶな
冒涜的な真実を知るな
口を閉ざせ
目を伏せろ
名状し難き■■が通り過ぎるまで
膨大な熱量の恒星が
慈悲の祈りを叶えたか
海底都市の墓碑銘に
お前の名前は既にある
耳をふさいで叫ぶ観客。フロア全体が、凍えるように寒い。目の錯覚か、メンバーの口から、何か白いものが吐き出されているようにも見える。
何が、何が起きている。
◇
「……もう少し右、はい、そこで耳を押さえて絶叫」
「視覚効果班、もっとホログラム濃い目に」
「魚人の特殊メイク完了、客席に紛れます、3、2、1、入って」
ギースは舞台袖で呆然としていた。舞台裏では数十人のスタッフが、慌ただしく無線やハンドサインで指示を飛ばしている。フロアで悲鳴を上げた客も、仕込みだった。そのタイミングをスタッフが秒単位で測っている。ギースは絶句した。
すれ違いでギースを笑った通行人が、細いワイヤーを使ってステージ上とフロアのポルターガイスト的な演出をしている。
立体映像を出力する機材オペレーターにも見覚えがある。海鮮居酒屋の店員だ。妙なチーズのサービスが、今思うと不自然だ。彼はジョーと目が合い、会釈した。そういえば支配人室の窓が濡れていたことだって、きっと何らかの方法で水をかけただけ。
支配人……
ジョー……
あいつら……やりやがったな!
人を騙すためだけに、そこまでする?
《彼らがやっていることは、音楽じゃない》
《……具体的な不都合、体感する事象だよ》
なるほど、今になって支配人の言葉が理解できる。
「The Octoday」はトリオの音楽バンドではなく、数十人の役者・舞台裏の職人集団なのだ。
おそらくその多くがプロで、犯罪に近い行為も厭わないほど前衛的で、見返りを必要としないほど純粋なのだ。
……こいつら、大バカヤロウだ。
◇◇◇
ライブハウスのBGMが、SEの曲に切り替わる。ギースが急遽ライブハウスのPAに頼んで流す予定だった曲をキャンセルし、新たに選ばれたのが 大沢誉志幸 の「そして僕は途方に暮れる」。
やがてステージに光が差し、ギースはクリーンなカッティングでギターを鳴らす。クリックを聞きながらビリーがドラムを叩き、ジョーのベースはコンプの効いたフィンガーピッキング。テリーが天使のように澄んだ声で歌う。
────────────────
ハスターマスク (Macho Hastur)
作詞:テリー
作曲:ギース
(メロディは読者が自由に思い浮かべてください)
────────────────
♪四角いリングにトラペゾヘドロン
旧神の印が俺を呼んでいる
名状しがたい悪党に
正義の反則叩き込め
イア イア ハスター
ハスターマスク
闇に囁くイナズマは旧支配者の一柱
ルール無用の邪神よ空に舞え
太古に沈むルルイエに
ニャルラトホテプぶちかませ
イア イア ハスター
ハスターマスク
◇◇◇
ライブが終わり、最後に「The Octoday」の全スタッフと「Deadly Rave」、そして支配人の鈴木も加わり関係者一同で記念撮影をした。
その写真には、中央にいたはずの演者三人だけが写っていない。




