EPISODEⅣ – LEATHER GUYZ WITH ELECTRIC TOYZ
ライブが終わり、ギースはステージから「N.G.K.重金属楽団 R.C」の控室に駆け込んだ。どうしてもお礼が言いたかったのだ。彼らは前座に徹することで場を温め、続く「Deadly Rave」のライブを盛り上げた。その日訪れた客にとっては漫才とロックのライブであり、意外過ぎる構成に忘れられない夜となったはずだ。
凄い。凄すぎる。
しかし、控室はもぬけの殻で、スカジャンにリーゼントの痩せた男が一人、レイバンのサングラス越しにギースを見ているだけだった。
「どうした坊や、みんな帰っちまったぜ」
「え……どうして……」
「全部バレちまったみてえだからな、ネタを明かされた手品師は、早々に退散ってわけだ」
「そんな……」
「おっと、坊やに伝言だ、俺たちのマネはするなってよ」
「どうして? そしてあなたは?」
リーゼントの男は懐からバタフライナイフを取り出した。身構えるギースを前にチャカチャカと振り回し、頭に当てて髪を整える。コーム (くし) だったらしい。
「俺は KAZUYA、『N.G.K.重金属楽団 R.C』のマネージャーさ」
「それで、マネするなって言うのは……」
「ガキが大人のマネして、無理な背伸びはすんなってことさ」
KAZUYA は煙草を咥え、蝋マッチをスカジャンのチャックに擦り付けた。その摩擦でついた火を、煙草に移す。一連の動作が自然で、それでいて芝居がかった完成度を見せていた。やがて彼は部屋を出る。ギースとすれ違いざまに、肩へ軽く手を置いた。
「坊やは自分の持ち味を活かせ、いいな?」
◇◇◇
「Deadly Rave」の控室に帰ったギースが見たのは、ライブが終わったにもかかわらず椅子に座って練習を続けるビリー、生徒の小テストを採点するジョー、そして……
「ねえギース、あの真っ黒な人たち、結局漫才しかしなかったね」
なにもわかってないテリー。こいつらホントに……。少し憤りを感じるギースに、マネージャーのユリがウィンクした。
「ええ人らやったな、挨拶は済ましたか?」
おそらくユリとしてはセクシーな、あるいはキュートなマネージャーを演じているつもりだろうが、実年齢を察しているギースには、ロリータファッションを着た大衆食堂のおばちゃんにしか見えなかった。
「……ま、いっか。じゃあみんな、ご飯でも食べて帰ろうぜ」
◇◇◇
「うん、そうか、よくやってくれた。おぬしらに感謝じゃ」
カプリコーンの社長室で、辻本は電話を切った。「N.G.K.重金属楽団 R.C」は期待に応えてくれたらしい。プロとしての強さ、優しさ、そして面白さ。その裏にある容赦ない姿勢を「Deadly Rave」は学んだはずだ。辻本は結果に満足していた。
「さて、次のバンドじゃが……」
机が揺れた。
「なんじゃ? 地震かの?」
窓も揺れた。あるいはそう思わせる振動があった。それは非ユークリッド幾何学から発生する不可解な現象なのかもしれない。そして塩味を帯びた匂いが漂い、海からの訪問者が近づいたような形跡だけが残った。
「あー、そういうことか。おぬしら元気か?」
辻本社長は一人で、どこかの誰かへ聞かせるように声を出した。返事はない。しかし机に立ててあったペン差しがぱたりと倒れ、不自然に転がっていく。
「わかったわかった、おぬしらも関わりたいんじゃな」
潮の香りが濃厚になっていく。濡れた何かが引きずるような、形容し難い音が仄かに聞こえる。
「では手配しよう、よろしく頼むぞ」
◇◇◇
ギースがライブの打ち上げに選んだのは海鮮居酒屋だった。ライブハウスを出るときに、ギガの支配人が割引券をくれたのだ。飲めないことも無いが興味もないギースは、飲み屋で打ち上げをする必然性を感じないのだが、全品九割引きと書いてあれば、ここに行くしかないだろう。
支配人が紹介した店なので心配はしていなかったが、思いのほかちゃんとした店だった。実は今日がオープン、しかし居抜きの店らしく老舗のような落ち着きがあった。
「あいらっしゃーい」
愛想のいい店員さんに案内され座敷に向かう。メニューが渡され、メンバーはそれぞれ好きなものを注文した。
「ボクはタコの唐揚げ」
「私はイカ墨パスタですわ、ホーホホホ」
「んじゃ俺はタコワサで」
「なんかオススメってあります?」
ギースが店員に聞く。彼は即答した。
「今日は潮がいいですから、メニューのとおりイカやタコがおススメですね、あと星の巡りもいいので、チーズかな」
「星の巡り?」
「店長がね、占星術が好きなんですよ。後ほどサービスの特製チーズお出ししますね」
ギースは特別チーズが好きというわけでもないが、サービスとあれば残さず頂きたい。やがて注文の品が続々と届き、追加注文が重ねられていく。サービスとやらのチーズも知らぬ間に届き、いつの間にか食べ終えてしまった。
オススメされただけあって、イカは本当に美味しかった。今まで食べてきたものは、トロッとした食感だったように思うが、この店で食べたイカは、切れ目に角が立っている。ツルっとした口当たりで、噛めばコリっと口から逃げそうだ。
はち切れんばかりに満腹になったが、タダ同然の値段だった。店はそれなりに客が入っており、新規オープンしたばかりにもかかわらず、カウンターでは店員と客が和やかに会話している。
「……帰って来たか」
「……ええ……星がね……」
「……近いわけだ……」
「……イヤイヤ、そんな……」
何を話しているかは知らないし、聞いちゃいけない事だ。さあ今日は帰って休もう。次のライブに備えよう。
──その日の夜からギースは、変な夢を見るようになった。




