EPISODEⅠ – ROCK SELLS…BUT WHO'S BUYING?
カプリコーン本社ビルの九階、社長室。
大手音楽事務所にふさわしい、威厳と品格に満ちたその部屋で、辻本社長は来客を迎えていた。V系バンド「Deadly Rave」のギースと、SMK音楽事務所の西山だ。
「ふむ、よく来てくれたの。先日の件は本当に申し訳なかった」
深々と頭を下げて謝罪する辻本社長に、ギースが答えた。
「まあビリーも完治しましたし、十分な補償も頂きました。本人はむしろ感謝しているようですよ」
「ならよかった、ワシはもう免許を返納したわい」
辻本社長は「Deadly Rave」のドラマー、ビリーを車に当ててしまった。すぐに謝ればよかったのだが、ドラムの演奏技術であるモーラー奏法の極意伝授を優先してしまい、事が大きくなってしまったのだ。
「……それはいいんですがね、社長、なんで俺まで呼ばれたんですか」
西山が頭をかきながら聞く。ライバル会社のSMK音楽事務所とは犬猿の仲であるはずだ。SMKの元副社長であり、今も新人スカウトの前線で活躍する自分を、ここに呼び寄せた意図が掴めない。辻本社長は答えた。
「ふむ、そもそも『Deadly Rave』の関係者全員に声をかけたつもりなんじゃが、みんなどうしたのじゃ?」
ギースが代弁する。
「ビリーは、贈って頂いたモーラー奏法の教本を片手に、時間を惜しんで練習しているようです。感謝していると伝えて欲しい、そう頼まれました」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ、良きかな良きかな。会ってもう一度謝罪したかったがの」
「テリーは、全裸で散歩中に逮捕されまして、留置所にいるから来られないとのことです」
「お、おぅ、そのうち実刑になるやもしれんな」
「ユリとジョーは学校です」
「聖エスカルゴ女学院の生徒と先生じゃったな」
車いすではなく、重厚な重役椅子からゆっくり立ち上がった辻本社長は、まだおぼつかない足取りで窓際に向かい、静かに問いかけた。
「ギースくん、プロのバンドとアマチュアの違いはわかるかね」
「お金を産むかどうか、です」
西山は少し笑む。辻本社長は遠く外を見る。二人は違う反応だが、感想は同じだった。
「……若いの。じゃが最近は、アマチュアでも同人活動や配信で稼ぐ者は珍しくない。では、音楽事務所は何のためにあると思う?」
「それは……」
「アーチストの才能を活かし、より大きく稼ぐためじゃ。そのためのノウハウや人脈、資金を提供するのが音楽事務所の存在意義じゃ。ゆえにバンドは、それに足る器でなくてはならん」
西山は小さく頷く。辻本社長は窓から目を離し、ゆっくりとギースの方へ向いた。その顔は厳しく、それでいて温かさを感じる不思議な表情だった。
「ギースくん、ワシはロックが好きでな、若い頃はロックマンと呼ばれていた」
「ストレートな渾名ですね」
「嫁はロールちゃんと呼ばれていた」
「あ、そっちね」
「ギースくん、ワシは『Deadly Rave』にロックとは何かを問うてみたい。じゃから、ワシが選りすぐりのバンドを用意するので、君たちとブッキングしてほしいのじゃ。ギガには話を通しておる」
ここでSMKの西山が口を挟んだ。
「ちょっと待ってくださいよ。それはカプリコーンが『Deadly Rave』の面倒を見るって意味ですか?」
「そう言うだろうと思って君も呼んだのじゃ」
「……どういうことです?」
「これはワシの個人的な好奇心であり、単なるわがままじゃ。あと事故の件に対する詫びでもある。ゆえにSMKとは事を構えるつもりはなく、むしろ協力をお願いしたいんじゃ」
「……信じていいんですね?」
「もちろんじゃ、だから君をここへ呼んだ。ワシはの、少なくとも音楽に対しては紳士でありたいんじゃ。それと川崎社長にも伝えてくれんか、近いうちにマジでボコボコにしてやるとな、ふぉ、ふぉ、ふぉ」
川崎社長と辻本社長の間に何があったか知らないが、とにかく「Deadly Rave」にとってプラスとなる話だ。ギースは了承し、西山とともに社長室を出た。
◇◇◇
「いやー、緊張したなギースくん」
「いきなり社長室に呼ばれるなんてねえ、西山さん」
「ほんとほんと、カプリコーン社長室なんて胃が痛くなるわ。チン○ンもシナシナだよー」
……これがなければ、本当にこれがなければ西山は、頼れる大人なのだが。苦い顔をするギースに、西山は笑いかけた。
「はは、そんな怖い顔しなくっても大丈夫だよ。辻本社長がブッキングするバンドが、どんなものなのか不安なのかい?」
「いえ、不安なのは西山さんの品格です」
「大丈夫だって、『Deadly Rave』がいつも通りのライブをすれば、それで万事解決ってやつよ」
微妙にかみ合わない会話だが、確かに西山の言うことも一理あるとギースは考えた。辻本社長がどんなバンドを出してこようと、いつも通り全力で演奏するしかない。
……はたして、そうだろうか?
その考えが覆される日は、もう目前まで迫っていた。




