6 ショー
さて、続きます。
私と夏子は一旦個室へ戻り、それから景色を楽しもうと、五階の観覧室へ行った。船の前寄りの方に位置しているので、進行方向に見える景色を見るには、最適の場所だった。無料で使える望遠鏡がいくつか設置されていた。それを使って、私と夏子は遠くの島々を観察していた。小学生の時以来の経験だったので、とても感動した。ふと部屋の隅に目をやると、壁を背にして雑誌を読んでいる男がいるのに気づいた。観覧室なのに、景色を見ずに、部屋の隅の小さなテーブルで缶コーヒーを飲みながら雑誌を見ているという奇妙さに違和感を覚えたからだ。まるで幽霊のように気配を消し去っているその怪しい男、雑誌で顔が隠れているが、よく見ると、係長だった。私は気になって近づいていった。
「係長、一体そんな端っこで何をして……え、あの、セクハラ……ですよね……」
私は普段のセクハラ係長に遭遇して戸惑ってしまった。
「おう、香崎、何だよ、セクハラって?」
「いや、あの、卑猥な週刊誌を読まれてるので……」
「おう、今どき卑猥な週刊誌なんてねえよ。そういう週刊誌は廃刊になって、もう売ってねえよ」
「いや、でも、ヌードギャルのページを……」
「おう、見てねえよ」
「いや、係長、後ろの鏡に映ってます」
係長はきっぱりと否定したが、私は多少気の毒に思いながらも、その否定をきっぱりと否定した。係長は驚いて後ろを振り返り、壁に鏡があることを認識すると、雑誌を閉じ、顔の全パーツを捻じ曲げながら、悲痛な表情で再びこちらへ向き直った。
私も係長も夏子も、無言で、気まずい時間が20秒ほど流れた。
「……香崎、磯田には黙っといてくれ」
係長は低いテンションでボソっと頼んだ。私はどう返答していいのか思いつかずにいたが、夏子が私に代わって元気よく返事した。
「あ、そうだ、中央区のTプリンホテルが来月からスペイン祭を始めるんです。ディナーが一人一万円だったかな……」
「……あの、夏子ちゃん、磯田よりも怖いんだけど……」
夏子による京子並の交渉術は、係長を恐怖させた。
「ちょっと、夏子」
「……わかった、わかった、それで手を打とう、夏子ちゃん。二人で食事することも、距離を縮めるためには必要だからね」
私は夏子を窘めたが、係長が降参して意味不明なことを言った。
「村田さん、お姉ちゃんの分も、よろしくね」
「……あれ? 香崎も……ということは、二万円、いや、俺を含めて、三万円……」
「あ、村田さん、京子さんもだから、合計四万円ですね」
係長は漫画の登場人物のようにヘコんでしまった。そんなお馬鹿なやり取りをしていると、観覧室へ谷中さんが入ってきた、お盆に細長いコップをたくさん乗せて。彼女は乗客に飲み物を配っていた。私たちを見ると、一呼吸置いてから、彼女は声をかけてきた。
「お茶、いかがでしょうか」
「あ、もらいます」
夏子は普通にグラスを手に取った。
「せっかくだから、俺ももらおうか」
「じゃあ、私も」
私たちはサービスのお茶をもらった。
「そのスーツ、カッコいいですね」
谷中さんは係長にそう言って、礼をして去っていった。係長はニヤけていた。
「あの、係長、そのスーツ、安物だっていつも言ってませんでしたか」
「おう、一万円のスーツだ」
「村田さん、一万円のスーツって、安いんですか?」
「だよ、夏子ちゃん、これよりも安いスーツはないな」
「ふーん」
「彼女、実は、スーツを褒めたんじゃなくて、遠回しに俺のことを褒めたんじゃないかな」
「……」
私も夏子も、それは絶対に違うと思った。
「でも係長、谷中さん、やっぱり意味深ですよね」
「おう、確かにそうだ。マーク対象だな」
17時、私たち三人は、船内ショーを観るために四階の中ホールへ来ていた。歌謡ショーが行われた五階の中ホールは内装が和風だったが、このホールは多国籍風だった。ここで行われたのは、アクロバット・ダンスショーだった。八人のパフォーマーが体操選手やスタントマン顔負けの激しいダンスを繰り広げた。ダンスだけでなく、ジャグリングや玉乗りなども。そして極めつけはナイフ投げだった。人間の的をギリギリ躱して見事なコントロールで壁に突き刺さるナイフ。私はひやひやしながら見ていたが、係長はニヤニヤしながら見ていた。間違いなくその理由は、ナイフ投げのパフォーマーが美人だったからだ。ショーのパンフレットによると、その女性は、酒木杏、24歳、特技はナイフ投げ、一時期中国雑技団に所属していたそうだ。頭の上で左右にお団子ヘアをつくって赤い長いリボンで結んでいた。気が強そうで、谷中さんとは少しタイプの異なる女性に思えた。この酒木さんをガン見していた係長の顔は、キモかった。
約90分のショーを観終え、私と夏子は個室へ戻った。
酒木杏。
ナイフ投げの名人ですか。
しかも美人。
谷中ことりとともに係長からロックオン。
ご愁傷様です。




