5 怪しい女性たち
続きます。
14時近くになり、私たちは船内ショーを観るために五階の中ホールへ移動した。地元の民謡を三味線と和太鼓で盛り上げる勇ましい感じの歌謡ショーだった。
「こういう和風なのもいいですね、係長。ランチも和風でしたし」
「おう、そうだな」
15時過ぎ、ショーを観終えた私たちは地下一階にある自販機ルームへ行った。いろんな種類の食べ物の自販機があり、私はとても驚いた。ハンバーガー、フライドポテト、アイスクリーム、ラーメン、うどん、そば、唐揚げ、ピザ、スパゲティ、寿司、等々。私はスパゲティを食べることにした。お金を投入してから5分後、出来立てほかほかのミートソース・スパゲティが紙皿に乗せられて出てきた。
「お姉ちゃん、半分こしよ」
「おう、昼飯食ったばかりだろ、食べ過ぎじゃねえのか」
「こんな珍しい自販機で物を買えることなんてそうありませんよ。だから何か買っておかないと気がすまないんです。係長は何も食べないんですか?」
「おう、ハードボイルドは、コーヒーで十分だ」
「村田さん、砂糖とミルクの量、一番多くしてますけど、甘過ぎないんですか」
「……似非ハードボイルドだからね……」
係長は夏子に言われて、なんだか悲しそうだった。
席について、早速スパゲティを食べた。想像していたよりも美味しかった。夏子も喜んで食べていた。すると、近くの乗客の会話が耳に飛び込んできた。
「……ぴっぴ……」
私たちは三人ともすぐにその言葉に反応した。斜め前の席に座って楽しそうに話をしている二人の中年女性からだった。私たちが真剣な顔で彼女らの方を慌てて向いたものだから、当然彼女らは何事が起きたのかしらとこちらを見た。
「あの、何でしょうか? どうかしましたか? 何か気に触ることでも言いましたでしょうか?」
高級そうなスーツに身を包んだ上品そうな女性が尋ねてきた。
「あ、いえいえ、今ひょっとして、 " ぴっぴ " っておっしゃいませんでしたか?」
「ええ、はい。ぴっぴの話をしていましたけど、それが何か?」
私たちは驚いた。
「あの、ぴっぴって、一体……」
私はどう質問していいのかわからず、思いっきりストレートに訊いてしまった。
「あ、あはは。地元の方じゃないのね。 " ぴっぴ " っていうのは、K県の方言で " うどん " のことよ。主に小さい子どもが使うの。幼児用語っていうのかしら」
もう一人のヒョウ柄の服の女性は大きな声で笑って、愛想よく話してくれた。
「そうなんですか。赤ちゃん言葉みたいなのが聞こえてきたので、びっくりしたんです。 " ぴっぴ " って、うどんのことなんですね。勉強になりました」
「いーえ」
係長に言われてその女性は機嫌良さそうだった。
「ぴっぴにそんなに驚くなんて、あなた方、どちらから?」
「私たち、T県から来ました」
「あらまあ、私はK県だけど、この人はT県よ」
ヒョウ柄の女性は、高級スーツの相方がT県から来たと言った。
「こりゃ、同じ県の方にお会いするとは、親近感湧きますね」
係長が言うと、T県から来た女性も嬉しそうだった。
「生まれはK県ですけど、子どもの頃にT県に引っ越したんです。T県のどちらです?」
「私らみんな、T市です」
「あら、そうですか。私はU市です。そうだ、名刺を渡しておこうかしら。U市で行政書士事務所を営んでおります、滝田と申します」
渡された名刺には、 " 滝田行政書士事務所 代表 滝田千代子 " と記載されていた。
「せっかくだから、私も名刺を渡していい? 私はK県S市で美容院をやってます、山田といいます」
美容院らしいカラフルな名刺には、 " あい美容院 山田あい子 " とデコレートされた文字が。
「こりゃ、ご丁寧に。私ら、名刺を渡すような仕事ではないので」
係長がはぐらかす感じで言った。
「私たち、小学校の同級生なの。皆さんは、ご家族かしら?」
そう尋ねられて、係長が " 妻と愛人です " っていうしょうもないことを言う前に私はすぐに答えた。
「いえ、この方は会社の上司の村田で、私は部下の香崎といいます。こっちは私の妹です」
「妹です、こんにちは」
「……ただ今ご紹介を賜りました、上司の村田です」
係長は冗談を言えなかったからか、テンション低めで名乗った。
「それで、ランチのぴっぴはどうだったの?」
山田さんが私たちにランチの狸うどんのことを尋ねた。この時、自販機で買った飲み物を持って私たちの隣の席に歩いて来る女性が視界に入ってきた。その女性は大柄で、大きなつばのある紫色の帽子をかぶっていたので、必然的に視界に入ってきたのだ。そしてその女性がちょうど着席しようとした時に、私たちの会話に反応したようだった。もっと具体的にいえば、ぴっぴという言葉に反応する仕草を見せたのだ。私だけでなく、滝田さんも山田さんもそう感じていたはずだ。もちろん、係長もだった。
「あーもう、ぴっぴは最高に美味かったです」
係長はその女性の反応を見ようとしてわざと " ぴっぴ " を強調して大げさに答えた。その女性は無反応と無表情を装っていたが、それが実にわざとらしく、私たちの会話を意図して聞き流しているとしか思えなかった。
「あの、もしかして、あなた、K県出身じゃないかしらねえ?」
驚いたことに、山田さんがなんとその女性に唐突に声をかけたのだ。
「……あ、どうしてですか?」
その大柄な女性は驚きつつ面倒くさそうに言った。
「あ、いえ、私たちがぴっぴの話をしてたら、あなたの表情が変わった気がしたもんですから」
「……あ、そうですか。K県の生まれなので、ぴっぴは知ってます。だからでしょうかね」
女性はぎこちなく笑って言った。
「あー、やっぱりね。ということは、今は別の所に?」
「……ええ、今はT県に住んでます」
この答えに全員が疑問符付きの驚き方をした。
「え!?」
「私たちもです」
思わず夏子が答えた。
「あら、私も同じです。私もK県出身ですけど、今はT県U市に住んでます。よかったら、名刺、もらってくださる?」
滝田さんは、女性が驚いているのも構わず、自分の名刺を差し出した。
「差し支えなければ、お名前を伺ってもよろしいですか?」
そう訊かれた女性は、飲み物に口をつけないまま、まごついた様子で、席から立ち上がった。
「……すみません、失礼します」
そう言ってそそくさと去っていった。
「あ、私ら、何か気に障ること言っちゃったかしらねえ」
「気分を害してしまったようで、申し訳ないですわ」
山田さんと滝田さんは、去っていった大きなつばの帽子の女性のことを気にかけていた。
私も係長も、その女性のことを怪しいと睨んだ。私たちは飲食しながら、山田さんと滝田さんとしばらく雑談を続けた。
山田さんと滝田さんが去ってから、私たちはまだだべっていた。
「お姉ちゃん、山田さんのスマホの画面が見えたんだけど、あのネットの掲示板みたいなのが見えたの」
「え、夏子、ホント?」
「チラッと見えただけで、確信はないんだけど……」
「夏子ちゃん、ネットの掲示板ってさあ、ほとんどが似たようなスタイルだよね」
「そうなんだけど……」
「係長、確かにそうですよね。私もそう思います」
「んー、でも……」
例えるなら、まるで確証バイアスみたいだった。夏子は、自分にとって都合の良い情報だけを取得して自分の思い込みを絶対的なことだと判断している状態に陥っているようだった。もちろん私は刑事として、それ以外の可能性も考慮しなければならなかった。そう考えると、全ての人物が怪しく思えてきた。
" ぴっぴ " 、ですか。
ふーん、うどんのことなんですね。
山田と滝田、怪しい?
去っていった女も怪しい?




