2 事件発生?
香崎小春と妹の夏子が乗船した、豪華客船なると丸。
23時間のクルーズ旅行。
さて、何が起こるのか。
12時からランチタイムが始まるので、私たちは少し早めに四階の食堂大ホールに行った。パッと見た感じ、150名ほどの乗船客がいるみたいだった。
指定されたテーブルに着くとすぐに、同僚の磯田京子から電話がかかってきた。
「小春ー、退屈で死にそー」
「退屈ってことは、事件がないんでしょ。平和だからいいことじゃない」
「あー、係長がー、昨日ー、急にー、出張が決まってー、いなくなってー」
「え、もしかして、係長がいなくて、京子、さみしいの?」
「絡む相手がいなくてー、暇なのよー」
「あはは、でも係長、急に出張が決まったの、大変ね」
電話越しからも確かに京子の退屈そうな感じが伝わってきた。
「じゃ、京子、今からランチだから、切るね」
「小春ー、夏子ちゃんとー、旅行楽しんでねー」
京子は少しさみしそうだった。
私はテーブルの上に置かれたランチの説明書きを見てワクワクしていた。すると、夏子がキョロキョロしていることに気づいた。と同時に、クルーが数名、ワイヤレスマイクで連絡を取りながら、若干ピリつきながら、冷静だが慌ただしくしているのが目に付いた。彼らが私たちの側を通る時に、いろいろと声が漏れて聞こえてきた。どうやら、乗客を探しているが見つからない、部屋をチェックしたがいない、という状況らしかった。私は職業柄気になってしまったので、クルーに尋ねてみた。
「あの、すみません。何かあったんですか? どなたか探してらっしゃるようですが」
「ええ、お客様が一名まだ席に着かれていません。ご迷惑をおかけしております。ご理解下さい」
クルーは規律づけられた軍人のように話してくれた。
「お姉ちゃん、一人見当たらないって、まさか事件じゃ……」
「夏子、考えすぎよ。掲示板の書き込みに囚われすぎてるのよ。もっと楽観的にならないと。せっかくの旅行なのに」
「あそこのテーブルじゃない? ほら、あの椅子、まだ誰も座ってない」
夏子はホール中央のドリンクブースの隣のテーブルを指さして言った。確かに一人分の席が空いているようだった。
「ねえお姉ちゃん、さっき、村田さん、出張って言ってなかった? ひょっとして、見当たらない客って、村田さんだったりして……」
「夏子、縁起でもない。そんなわけないでしょ、何バカなこと言ってんのよ。係長が出張に決まったの、昨日だって。私たちは昨日の早朝にT県を出発して、やっとここにいるのよ。係長がここに来るなんて、どこ○もドアがない限り無理よ」
「はいはい、冗談ですよ」
まさか係長が私たち姉妹にこんな場所で冗談交じりに噂されてるなんて夢にも思わないだろうなと、私は少し悪女のような心でニヤけてしまっていた。すると、私たちの近くで耳をつんざくような音がした。
「ぶあっっくしょぉぉぉぅい!」
どこかで聞いたことのある不快なくしゃみの音が豪快に聞こえてきたのだ。私は一瞬で不安になり、即座にその不快な音の方を向いた。さっきのドリンクブースのテーブルとは逆方向の、私たちのテーブルの隣の隣の隣のテーブルに、こちらに背を向けて座って、ハンカチで鼻を拭いている中年男性がいた。見慣れた後ろ姿だった。見たことのある髪型に、見たことのあるスーツに、見たことのある鼻の拭き方に、見たことのある雰囲気。私は見たことないと強く思いたかったが、現実はそんなに甘くないものだ。累進的に高鳴る鼓動、私は驚きのあまり無意識のうちに声を発していた。
「か、か、係長〜〜〜!?」
私に呼ばれてその男性は驚いてこちらに振り向いた。
「え!? 香崎〜〜〜!?」
案の定、その男性は係長だった。
「どうしてここにいるんですか!?」
「それはこっちのセリフだ!?」
お互いに顎が外れるくらいに驚いていた。
「……マジで……せっかくの旅行なのに、村田さんが……」
夏子がボソっと呟いた。それは係長には聞こえてなかったみたいだが、係長が私たちのテーブルに近づいて来たので、夏子は目を逸らしてバツが悪そうにしていた。
「おう、夏子ちゃんまで」
「こんにちは、村田さん」
「おう、何だよ、香崎。休暇取って旅行に行くって言ってたけど、なんでこの船に乗ってんだよ!?」
「なんでって、三週間前から予約しておいたんです。って、係長こそ、なぜここに?」
お互いに驚きを隠せずにいた。係長は私と夏子の間にヌボーっと突っ立っていた。
「おう、実はな、こないだオレオレ詐欺事件を解決しただろ。その件でよ、K県警から、オレオレ詐欺事件の研修の講師をしてくれって依頼がきてよ、昨日突然課長から『行ってこい』って命令が出たんだよ」
「それ、京子から聞きました。私たち、この船に乗るために昨日の夜にK県に着いたんです。係長はどうやってここまで」
「飛行機に決まってんだろ」
「それでも、なぜこの船に?」
「おう、乗船チケットをもらったんだよ」
「え、もらったんですか?」
「おう、K県警の鹿賀輪本部長にもらったんだよ。鹿賀輪本部長なんだがよ、俺が警察庁に官庁訪問した時の面接官なんだよ。それで俺のことを憶えてくれてて、突然お呼びがかかって、昨日の夜のフライトでK県に着いて、それからすぐに鹿賀輪本部長に会いに行ったんだよ。そしたら、研修は明後日だから、クルーズ旅行でも楽しんでこいって言って、乗船チケットくれたんだよ。なんでも、商店街の福引で当たったけど、行く暇がないんだとさ。だから、俺がこうしてこの船に乗ってんだよ」
「……はあ、なるほど」
私は、理由がわかり、驚きの度合いは下がったけれど、がっかり感は下がらないままだった。
「おう、なんか、俺のこと嫌がってねえか?」
「え、あ、いえ、えっと、あの、その、特にそういうわけでは……」
「おう……ウソつくなら、もっと上手くウソをついてくれ……」
係長はヘコんでしまった。
あらあら、村田係長が乗り合わせるという奇跡?
出会いたくない人物に出会えた奇跡?




