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13 穴?

ん?

穴?

 22時過ぎ、私たち三人は、地下一階の自販機ルームへ行った。のどが渇いて仕方がなかったからだ。私は毎度のごとく紅茶を買って飲んでいた。係長も毎度のごとく、コーヒーを。夏子は果汁100%のオレンジジュースを。

「おう、考えれば考えるほど、考えすぎじゃねえかな」

 係長は天井を見上げて言った。

「おう、香崎。俺たち、掲示板の書き込みに引きずられてるだけじゃねえか? 西さんは船内のどこかに隠れてるだけで、西さんも津元仁志(つもと にし)さんも、 " ニシピッピ " とは何の関係もないんじゃねえか? うどんのことを " ぴっぴ " って呼ぶこともよ。あのT県に住んでるっていう女性もよ、単に近場の人と出会いたくないだけじゃねえか? せっかく遠くまで旅行に来てるんだしよ。うーん、一旦、 " ニシピッピ " から離れたほうがいいんじゃね?」

「かもしれませんね」

 私と夏子もせっかくの旅行なのに、いつの間にか仕事に精を出して疲れているみたいだった。だんだん口数が減って、疲労感のオーラを纏い始めたその時、自販機ルームのドアが急に開く音で私たちは驚き身構えた。怪我をした右腕を庇いながら、谷中さんが入って来たのだ。

「谷中さん!」

「……あ、どうも」

 私の驚いた呼びかけに、谷中さんは低いテンションで返した。

「谷中さん、一人で行動するのは危険です。あんなことがあったのに、勇気がありますね」

「ええ、はい。まあ、そうじゃないと……あ、いえ、なんでもありません」

 係長の問いかけに、谷中さんは意味深な返答で、意味深な態度だった。谷中さんは缶ジュースを買って、私たちの隣のテーブルに着席した。私たちは、他のスタッフの様子を尋ねたり、世間話をしたりした。事件前よりも明らかに谷中さんはテンションが低かった。谷中さんはまだナイフが飛んできたショックを引きずっているようだった。

「もう23時前だ。香崎、俺、谷中さんを送るよ。谷中さん、地下二階ですよね。スタッフルームまで付き添います、危険ですから」

「余計に危険じゃないですか?」

 係長は一切の邪念なく言ったのにも関わらず、夏子は遠慮なく本心を言った。

「……あのさぁ、夏子ちゃん……ここからひとつ下の階まで送るだけなのに……」

「お姉ちゃん、私らも一緒についていこう」

 私と夏子は係長とともに谷中さんを地下二階まで送ることになった。


 後方の階段へ向かっていると、通路から死角になっている殺人事件のあった物置部屋がどうしても気になった。

「係長、殺人のあった部屋の向かい側の部屋が、業務用デスクが置かれていた倉庫ですよね。何か手がかりが見つかるかも」

「……そうだよな」

 私たちはまだ中を確認していない倉庫を見たくて仕方がなかった。なので、無意識のうちに足取りが倉庫の方に向いていたはずだ。

「あ、あの、それって、倉庫として使ってる部屋ですよね……たぶん、中の古いデスクを運んでいるのを見たんですが、何か事件と関係が……」

 私たちの心中を読んだのか、谷中さんがそう話した。

「えっ、谷中さん、それって、総務の井上さんのことですよね?」

「はい、そうです。井上さんがデスクを業務用エレベーターに乗せてるのを今朝見ました。倉庫にしまってあったはずのデスクだなと思ったんです」

「谷中さん、それ、俺たちがさっき野村さんから聞いたんです。出港前に、井上さんがデスクを船から下ろしたって」

「……あの、部屋の鍵なら、今持ってますので、開けられます」

 谷中さんはポケットから鍵束を取り出した。

「じゃあ、開けて、部屋の中を見せてもらえますか?」

「はい」

 会話をしながら、私たちはいつの間にかその倉庫の部屋の前に来ていた。谷中さんが鍵を開けてくれた。係長がゆっくりとドアを開けて中に入っていった。廊下の明かりが微妙に届かないので中は暗いままだった。

「谷中さん、照明のスイッチはどこですか?」

「たぶん、壁際にあると思います」

 係長がもたついているようだったので、私も部屋に入った。そして壁を伝って、手探りで電気のスイッチを探した。それらしきものに触れたので、押してみた。すぐに明かりが点いた。ドアの方を振り返ったら、係長が視界に入った。その刹那、私の視界には、もう係長の上半身の残像しかなかったのだ。

「んぁ!? んをああああぁぁぁぁぁぁ……」

 係長が、上半身どころか、全身が、叫び声とともに消えたのだ。私は何が起こっているのか全く理解できなかった。 " ドン " という何かが何かにぶつかる鈍い音が聞こえた。その5秒、いや10秒前に、 " ググガガッ " という金属音が聞こえた記憶が、後から蘇ってきた。

「村田さーん!!!」

 夏子は叫んでいた。夏子は膝をついて下に向かって叫んでいたのだ。それで、私は状況をやっと理解することができた。目の前の床が黒いことに。いや、正確には床が黒いのではなく、床に穴が空いていたのだ。

「ぇ……ぇええ!? 何!? 落とし穴!?」

 私は仰天した。

「……え、そんな……」

 谷中さんは呆然としていた。

「村田さーん!!!」

 夏子は穴の中に向けて叫び続けていた。私はなんとか冷静でいるために、捜査のイロハを思い出して実践しようとした。床の穴は、形がほぼ正方形だった。床の表面の材質は、ゴムだった。そこになぜ穴が空いているのか、驚きのあまり、正常な考えができない状態だった。私はスマホのライトを穴に向けて照らしてみた。それでようやく理解できた。床が両開きの扉のようになっていて、それが開いて中に落ち込んでいたのだ。

「ごめん、夏子、静かにして。係長から何か返事があるかも。それと、二次被害を防ぐために、少し穴から離れて」

 穴の中からは何も聞こえてこなかった。谷中さんに、野村さんを呼び出すように頼んだ。私は係長からの何らかのシグナルを待って耳を澄ましていた。


なんと!?

落とし穴!?

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