12 古典的トリック?
まだまだ続きます。
係長は小難しい顔をしていた。
「係長、どうかしましたか?」
「おう、津元さんの本名が、津元仁志だとわかったけどよ、ネットの掲示板に書かれたニシピッピが、この津元仁志さんのことだといえるのかって思ってよ。それよりも、西武雄さんのこと忘れてねえか? どこにいるんだ?」
「そうですね、西武雄さん」
「お姉ちゃん、とっくに船内にはいないとか?」
「夏子ちゃんは、西さんはもう船から転落したって思ってる?」
「いえ、海に落っこちたんじゃなくて、下船してるんじゃないかなって?」
「おう、夏子ちゃん、良い推理だね。野村さん、そういうことはありえますか? 一度乗船した客が、下船したっていうのは? 例えば、緊急用のボートを使ったりして」
「航海中にボートに乗り移ってということでしょうか? それは、瀬戸内海では不可能に近いと思います。出港前でしたら下船するのは可能ですが、今回はそれはありえません。我々はしっかりチェックしています。今回は下船したお客様は一人もいませんでした」
「野村さん、例えば、スタッフが下船した客に気づかなかったってことはないでしょうか?」
「いえ、ないです。もし、お客様が下船される場合、その方のお名前をリストから抹消しなければなりません。再度乗船される場合は、新しいチケットをご購入いただくこともあり得ます。乗船ゲートには、少なくとも5名のクルーを配置しております。それくらい厳しく乗船客の管理をしておりますので、おっしゃったようなミスは起こり得ません」
「わかりました。失礼しました」
「そっか、下船してないんだったら、隠れてるとか?」
「船内のどこかに隠れてるのか……野村さん、隠れる場所、ないですかね? 部屋の天井裏とか、床下とか?」
「お客様の個室内ですと、例えばシャワールームなど、我々はそこまで調べることはできませんので、隠れてる可能性がないとは言い切れません」
そう言われて、係長も私も表情が固くなった。
「村田さん、古典的なトリックが使われたんじゃないですか?」
「夏子ちゃん、どういうこと?」
「例えば、船から荷物を下ろす時に、荷物の中に隠れて下船したとか?」
「おう、なるほど。野村さん、出港前に大きな荷物を下ろしたとか、そういうこと――」
「あっ! そういえば、カラオケマシンを業務用デスクと一緒に、出港前に船から下ろしてます」
私は一筋の光明が見えた気がした。
「それかもな。野村さん、詳しくお願いします」
野村さんは、少し冷静さを失ったような感じで、その経緯について話し始めた。
「乗船開始前に、総務の井上から私と船長に連絡がきました。カラオケマシンが故障したので、船から下ろしたいと。ついでに、古くなったデスクも交換したいから一緒に船から下ろすと。私が手伝うと言ったのですが、井上が一人で大丈夫だと言って、カラオケマシンをデスクの上に乗せて、一人で船から下ろしていました」
「その総務の井上というのは……」
「はい、総務課の事務員です。名前は、井上豪」
「井上豪……ですか。男性ですね。年齢は?」
「20代です」
「ふむふむ。その井上さんの働いている場所は……」
「はい、港にある、弊社のオフィスです」
「そういや、港に、二階建ての白い三角の形の建物がありましたね」
「はい、そうです。そこの総務課の事務員です」
「カラオケマシンをデスクに乗せたっていうのは……」
「デスクにはタイヤがついているので、カラオケマシンを運ぶのに、デスクを台車代わりに使ったのだと思います」
「ふむふむ、なるほど。井上さんは自分で連絡してきて、自分一人でカラオケマシンとデスクを船から下ろしたということですね」
「はい」
「人が隠れられるような大きさのマシンですか?」
「デスクは人が隠れられるくらいのスペースがあります」
係長は何かを考えながら何度も頷いていた。
「カラオケマシンとデスクはどこに置いてあったんですか」
「はい、カラオケマシンは四階の中ホールで、確か、デスクは事件のあった地下一階の部屋の向かいの部屋の倉庫だったはずです」
「あの部屋の向かいですか……」
係長は深く考えていた。
「例えば、そのデスクの中に西さんが隠れていて、下船したとして……」
「……係長、仮にそうだとしても、一体何のために隠れて下船する必要があったのでしょうか」
「……わからん……あくまで仮の話だしな……」
「……ですね。西さんはまだ船内のどこかに隠れているかもしれないですしね」
可能性が増えることで行き詰まりを突破できることに繋がる場合があるが、逆に選択肢が増えて混乱することにもなる。私はそんな思いでいた。野村さんに礼を言って、私たちはスタッフルームを後にした。
そういや、西武雄、どうなった?
ってことで、もし行われたとしたら、確かに古典的なトリックだな。




